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月桂冠総合研究所
研究内容
バイオの研究

麹菌の酵素工場独自のシステムで有用酵素を大量生産

一酸化窒素(Nitric Oxide : NO)は生体内でシグナル伝達に関与する物質で、血管の拡張、神経・消化管系の機能維持、免疫系など、私たちの生命活動の多くに関連した化学物質です。近年では、ガンなど疾病との関連も明らかとなりつつあり、医学・生命科学分野でのNOの研究はますます重要となってきています。
月桂冠総合研究所では、清酒醸造微生物である麹菌Aspergillus oryzaeがNO還元酵素(P450nor)を持つことを発見しました。更にこの酵素の遺伝子を麹菌の中で大量に発現させることにより、世界で初めてNO還元酵素を商品化することに成功しました。今後この成果は、NOの機能・役割の研究に新たな道を開くものと期待されます。

研究テーマ NO還元酵素(P450nor)の開発

実験目的

一酸化窒素(Nitric Oxide : NO)は、1986年に血管内皮拡張因子と同定されて以来、人体のさまざまな生体反応に関わるシグナル伝達物質であることが明らかとなり、生理学・生化学的に大きな注目を集めるようになっています。しかしNO自体は、酸素と容易に反応する非常に不安定な物質であり、生体内での検出・定量は困難でした。現在、動物、微生物、植物においてNOの生理的研究が精力的に進められているのは、NO発生剤やNO検出試薬の開発などNO検出手法が飛躍的に発達したことによるものです。
一方、微生物においてNOは、脱窒系で生成されます。脱窒とは、嫌気的条件化において硝酸のような酸化型窒素を還元してエネルギーを獲得する経路で、原核微生物だけなく広く真核生物に存在していることが、東京大学・祥雲教授らの研究により明らかになっています。この真核生物の脱窒経路において、NOを還元しN2Oを生成する酵素が、NO還元酵素(P450nor)です(図1)。
清酒醸造に用いられる麹菌においても、EST(Expressed Sequence Tag)解析により、NO還元酵素(P450nor)が存在することがわかりました。そこで月桂冠総合研究所では、この酵素を応用・利用することを目的とし、当該遺伝子(CYP55A5)のクローニングと、酵素の大量生産を行いました。

図1 糸状菌脱窒菌の脱窒系
図1 糸状菌脱窒菌の脱窒系

実験結果および考察

遺伝子クローニング

東京大学・祥雲教授らはFusarium oxysporumより初めてP450nor遺伝子(CYP55A1)を発見しました。月桂冠総合研究所では、麹菌のEST解析においてCYP55A1と相同性のある遺伝子(CYP55A5)を発見しました。この結果を元に麹菌ファージゲノムライブラリー中より、P450nor遺伝子全長を含むファージクローンを単離し、シークエンス解析の結果、プロモーター領域1300bp、ターミネーター領域800bpを含む、P450nor遺伝子(CYP55A5)の全塩基配列3785baseを決定しました。ゲノム配列の解析からも、この遺伝子のプロモーター上には、P450nor遺伝子(CYP55A5)の発現を制御すると考えられるシス因子様の配列が確認されました。また、GUS遺伝子を用いたプロモーター発現解析においても、好気条件下より嫌気条件下において高い活性が確認されました。これらの結果から、麹菌にも還元的呼吸である脱窒経路が存在することが示唆され、今後の麹菌の新たな生理機能の解明に大きく貢献する発見であると考えています。

大量生産

麹菌はタンパク質生産宿主として非常に優れた微生物です。月桂冠総合研究所では液体培養における強い転写活性を有している麹菌チロシナーゼ遺伝子(melO)プロモーターを用いたタンパク質大量生産システムを構築しています。このシステムを用いて、麹菌P450nor酵素の高生産を試みました。melOプロモーターとP450nor遺伝子(CYP55A5)を接続させたキメラ遺伝子を作成し、P450酵素高生産株の作成に成功しました。P450酵素高生産株ではその菌体内に塩基配列から予測される約45.6kDaタンパク質の蓄積が確認でき、親株に比べて100倍以上のNO還元活性を有していました。さらに粗酵素液から2種類のカラムクロマトグラフィを用いて、高純度の精製酵素を調製することができました(図2)。現在では、ジャーファーメンターによる培養の最適化を行い、1グラム以上の酵素生産も可能となっています。

図2 P450nor酵素の生産と精製
図2 P450nor酵素の生産と精製

応用利用例

不安定で分解しやすいNOを検出・定量するためには、NOの分解速度を大きく上回る速さでNOを捕らえ、反応することが求められます。P450nor酵素は下記の反応を触媒することにより、NOが分解する前にNOを捕えることができる性質を持ち、簡便なNO検出・定量を可能にします。

2NO + NAD(P)H + H+ →  N2O + H2O + NAD(P)+

NOとの反応で減少するNAD(P)Hを、吸光度計によって測定することにより、μMレベルのNOを定量することができます(図3)。またより感度の高い蛍光高度計を用いれば、さらに検出感度を上げることも可能です。

図3 P450norを用いたNOの定量
図3 P450norを用いたNOの定量

NO消去からみたP450nor酵素の特徴は、補酵素のNAD(P)Hが存在すれば、NOを限りなく分解できることです。1分子当たり1個のNO分子しか捕捉できない既存のNO捕捉剤とは、大きく異なる特徴と言えます。大過剰のNO捕捉剤を添加することなく、一定の酵素を添加するだけで常にNOを消去することができます。生体内でのNOの寿命は短く、安定で生体への毒性の低いNO消去剤の開発は、NO生理の研究に大きく貢献できると期待されます。

このように、麹菌のP450nor酵素はNO消去・検出・定量といったNO研究の基本ツールとして非常に有効な試薬であると考えています。本酵素は2004年、商品化することができ、現在各方面でのNO研究により、さまざまな利用が検討されています。醸造微生物である麹菌の酵素が、NO研究の最前線で活躍できることを期待しています。

なお、本P450nor酵素につきましては、和光純薬工業株式会社を通じて販売されておりましたが、現時点では中止となっております。

学会発表

  • Cloning of cytochrome P450nor gene (CYP55A5) encoding nitric oxide reductase from Aspergillus oryzae and biochemical characterization of the protein
    国際NO学会(2004)
    嘉屋正彦、安井裕之*、松村憲吾、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、桜井弘*(京都薬大*)
  • 清酒麹菌A. oryzae P450norのNO還元特性の検討
    日本NO学会学術集会(2004)
    嘉屋正彦、松村憲吾、秦洋二、川戸章嗣、安井裕之*、桜井弘*(京都薬大*)
  • 清酒麹菌A.oryzae P450nor酵素のNO還元特性の検討(ポスター発表)
    日本薬学会(2003)
    嘉屋正彦、安井裕之*、中島好崇*、松村憲吾、秦洋二、川戸章嗣、桜井弘*(京都薬大*)
  • 麹菌P450nor酵素の単離と解析
    金属の関与する生体関連反応シンポジウム(2002)
    ○嘉屋正彦、秦洋二、川戸章嗣、安井裕之*、桜井弘*(京都薬大*)
  • 清酒麹菌A. oryzae P450norのNO還元特性の検討
    日本NO学会学術集会(2002)
    ○嘉屋正彦、松村憲吾、秦洋二、川戸章嗣、安井裕之*、桜井弘*(京都薬大*)
  • 麹菌A. oryzaeのP450nor遺伝子の発現と解析
    糸状菌分子生物学コンファレンス(2001)
    ○嘉屋正彦、松村憲吾、東田克也、秦洋二、川戸章嗣、杉並孝二、安部康久、高谷直樹*、祥雲弘文*(筑波大学*)
  • 麹菌のcytochromeP450nor遺伝子の単離と機能解析
    農芸化学会(2001)
    松村憲吾、○嘉屋正彦、東田克也、秦洋二、川戸章嗣、杉並孝二、安部康久、高谷直樹*、祥雲弘文*(筑波大学*)
  • 麹菌の一酸化窒素(NO)分解酵素-cytochrome P450nor-遺伝子のクローニングと解析
    生物工学会(2000)
    ○嘉屋正彦、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、秋田修*(酒類総研)

論文

  • Kaya M. et al. : Cloning and enhanced expression of the cytochrome P450nor gene (nicA; CYP55A5) encoding nitric oxide reductase from Aspergillus oryzae, Biosci. Biotechnol. Biochem., 68, 2040-2049(2004)

参考文献

  1. Shoun H. et al. : Denitrification by the fungus Fusarium oxysporum and involvement of cytochrome P-450 in the respiratory nitrite reduction, J Biol Chem., 266, 11078-11082(1991)
  2. Shoun H. et al. : Denitrification by fungi, FEMS Microbiol Lett., 73, 277-281(1992)
  3. Ishida H. et al. : Molecular cloning and overexpression of fleA gene encoding a fucose-specific lectin of Aspergillus oryzae, Biosci. Biotechnol. Biochem., 66, 1002-1008(2002)

(掲載日:2005年4月6日)

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