月桂冠総合研究所
研究内容
お酒の研究

酵素の宝庫「麹菌」をひもとく

日本酒と麹菌(こうじきん)

日本酒と麹菌(こうじきん)

古くから日本酒の醸造では「一麹、二もと、三造り」と言われるように、麹造りが最も重要なポイントであると認識されています。麹とは蒸米に麹菌(Aspergillus oryzae)の胞子を振り掛けて、さまざまな培養操作(「盛り」、「切り返し」、「仲仕事」、「仕舞仕事」、「枯らし」など)を繰り返しながら、麹菌を米の内部にまで生育させたものです。ではなぜ麹造りが一番酒造りに重要なのでしょうか?それは、麹の中には麹菌が生産するさまざまな酵素が含まれており、それらのバランスが清酒もろみの発酵を左右し、出来上がった酒の香味に大きな影響を及ぼすからです。従来はこれらの酵素バランスを解析することは難しかったのですが、近年のゲノム解析の進歩とともに、遺伝子レベルからのアプローチが可能になってきました。

EST解析を利用した有用遺伝子の探索

1997年に産学官の共同プロジェクトで「Aspergillus oryzae cDNAシーケンスプロジェクト」が開始され、麹菌の6000個の麹菌EST(Expressed Sequence Tag)が取得されました。当社も本プロジェクトに参画し、麹菌の有用遺伝子解析を積極的に行いました。
中でも当社は、1.有用遺伝子のクローニング、2.強力なプロモーターのスクリーニング、3.遺伝子発現解析ツールの開発の3点を行いました(図1)。

図1 当社における麹菌のESTプロジェクトのまとめ
図1 当社における麹菌のESTプロジェクトのまとめ

1.については既に当社のHPで紹介しているものの他に、アミンオキシダーゼ遺伝子をクローニングしました。麹菌アミンオキシダーゼは、血中のポリアミンを酸化できることから癌マーカー測定への利用が期待されています。

2.ではスーパーオキシドデスムターゼ遺伝子(sodM)プロモーターとカタラーゼ遺伝子(catB)プロモーターなどの強力なプロモーターを取得できました。なかでもsodMプロモーターは非常に強力で、その下流にグルコアミラーゼ遺伝子を接続した場合、培地あたり10g/L-brothの酵素蛋白を生産することができます。

3.麹菌は培養条件によりその形態を大きく変えます。液体培養、固体培養、富栄養あるいは貧栄養の条件を組み合わせ、それぞれの培養別に発現する遺伝子のプロファイルを作成しました(図2)。このなかで、同じ発現挙動を示す遺伝子群を抽出することにより、その遺伝子を制御するプロモーターに共通する制御領域(cis-elements)を見つけることができました。この解析方法を使えば、培養特異的に発現する遺伝子群やその発現制御機構が明らかになると考えています。

図2 発現解析システムの開発
図2 発現解析システムの開発

麹菌のゲノム解析

さらに当社ではESTプロジェクトでは見つけられることのできなかった有用な遺伝子群の探索も進めています。清酒醸造などの醸造産業に有用な遺伝子を中心に解析し、学問のみならず産業にも貢献するものであると考えています。例えば、鉄イオンをキレートするフェリクリシンの生合成遺伝子を解析したところ、50kbに及ぶ巨大なクラスターとして存在することを明らかにし、麹菌の2次代謝産物の生合成研究に大きな知見を与えています。麹菌は古くからさまざまな醸造食品に使われてきた経緯があり、その安全性は外国でも高く評価されています。このように安全性の高い麹菌から抽出される微量の代謝産物は、長年の食経験から食品・化粧品・医薬品に応用しても安心できると考えられます(図3)。私どもは古きをたずねて新しきを知ることのできるような商品を開発し、社会に貢献したいと考えています。
2001年から始まった麹菌の全ゲノム配列プロジェクトはほぼ解析が終了し、一般公開に向けての準備がなされています。麹菌の遺伝子解析も、いよいよポストゲノムの時代に突入し、今後さらに興味深い研究結果が得られるものと期待しています。

図3 麹菌の2次代謝産物には興味深い物質が含まれている
図3 麹菌の2次代謝産物には興味深い物質が含まれている

学会発表

  • 麹菌の固体培養で生産される2次代謝産物 生合成遺伝子クラスターの単離 (シンポジウム)
    農芸化学会(2004)
    ○秦洋二、石田博樹
  • 麹菌(Aspergillus oryzae)のカタラーゼ遺伝子(catB)のプロモーター解析
    農芸化学会(2003)
    ○久田博元、佐野元昭、秦洋二、町田雅之、川戸章嗣、安部康久
  • 麹菌の新規強力プロモーターsodMの単離とタンパク質生産
    糸状菌分子生物学コンファレンス(2003)
    ○石田博樹、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、柏木豊
  • A. oryzaeフェリクローム生合成遺伝子クラスターのクローニング(3)遺伝子クラスターの全構造について
    農芸化学会(2002)
    ○石田博樹、秦洋二、川戸章嗣、杉並孝二、安部康久、佐野元昭、町田雅之
  • 麹菌の新規アミンオキシダーゼ遺伝子の単離と解析
    生物工学会(2001)
    久田博元、○松村憲吾、秦洋二、川戸章嗣、杉並孝二、安部康久、秋田修
  • 麹菌の固体培養特異的に発現する新規チロシナーゼ遺伝子のクローニングと解析
    生物工学会(2000)
    ○小畑浩、石田博樹、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、赤尾健、秋田修、一島英治
  • 麹菌の一酸化窒素(NO)分解酵素-cytochrome P450nor-遺伝子のクローニングと解析
    生物工学会(2000)
    ○嘉屋正彦、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、秋田修
  • 麹菌の培養特異的に発現する遺伝子プロモーター解析
    生物工学会(2000)
    ○久田博元、松村憲吾、石田博樹、秦洋二、川戸章嗣、秋田修、町田雅之

論文

  • Cloning of a Novel Tyrosinase-Encoding Gene (melB) from Aspergillus oryzae and Its Overexpression in Solid-State Culture (Rice Koji) J. Biosci. Bioeng., 2004;97(6):400-405 Obata, H., Ishida, H., Hata, Y., Kawato, A., Abe,Y., Akita, O., Ichishima, E.

参考文献

  1. 五味勝也,阿部敬悦,町田雅之:糸状菌のゲノム研究のフロントライン
    化学と生物 Vol.40,No.12,2002
  2. 秋田修:麹菌ゲノム解析の現状とその利用
    http://www.nrib.go.jp/kou/pdf/38kou3.pdf

(掲載日:2004年9月1日)