技術革新・酒文化継承への取り組み酒造技術の革新

月桂冠は、1909年(明治42年)1月10日に「大倉酒造研究所」を創設しました。その5年前に国の醸造試験所が設立されたばかりの時期でした。清酒メーカーでは初めての研究所であり、企業の研究所としても珍しい存在でした。1911年(明治44年)、業界で初めてとなる防腐剤の入らないびん詰めの清酒を発売(業界での防腐剤全廃は1969年=昭和44年)するなど、研究所の活動により酒造技術の革新を次々と成し遂げていきました。その後も、醸造技術や醸造微生物、新規技術の開発に取り組み、それらの成果は日本酒業界全体のレベルアップを下支えするものとなっています。

四季醸造システム

1961年(昭和36年)には、日本で初めて、年間を通じた酒造りを行なう四季醸造システムを備えた酒蔵を完成。四季醸造システムは、米蒸し・麹造り・もろみ搾りなどを機械化・自動化・連続化した装置と、温度・湿度・微生物の科学的管理により、気候の変化に左右されず、日本と異なる環境でも酒造りができるものです。江戸時代以来の寒造りの体制を一変させると共に、杜氏・蔵人の後継者不足にも対応するものともなっています。醸造機械類は、技術者らのアイデアにより独自開発したもので、業界での酒造りの近代化、機械化のモデルともなりました。その後開発した新規技術(融米造り、後述)など日本で培ってきたノウハウと共に、アメリカ(米国月桂冠株式会社=設立1989年)での酒造りへ移転することにも成功、年間を通じて世界各地へ、多彩な商品を供給することにつなげています。

融米造り(ゆうまいづくり)

月桂冠が開発した「融米造り」は、米のデンプンを酵素で液状化して仕込む醸造法です。発酵の当初からモロミの均一な撹拌が可能となり、成分値や温度をオンラインでリアルタイムに自動測定することで、正確な発酵管理を実現しました。熟練技術者の感性を基にした「ファジー・システム」も取り入れており、酵母の生育に合わせたゆるやかな制御が可能です。精緻な発酵管理によって、品質の優れた酒を再現性良く安定して醸造できます。高温で短時間に密閉されたライン上で連続的に液化し、即時に仕込みを行うため、極めて衛生的で労力も少なく高品質の酒を醸すことができます。

月桂冠では、1980年(昭和55年)頃からこの醸造法についての研究を開始し、1984年(昭和59年)の日本農芸化学会ではじめてその成果を発表。1992年(平成4年)、「生物工学に関する工業の技術開発に顕著な貢献をした」として、社団法人・日本生物工学会の第1回「技術賞」を受賞しました。1993年(平成5年)からは「NFS」(ニュー・ファーメンテーション・システム)プラントとして技術を公開、醸造機械メーカーなど4社が販売し、酒造メーカーで実用化されています。

酵母育種技術の活用

月桂冠による酵母の研究と開発の成果が、酒の香りや酸味をコントロールして目的とする美味しい酒質へと醸すことに貢献するなど、日本酒業界全体の大吟醸酒造りを支えるものとなっています。

月桂冠では1980年代の後半から、酵母が醸し出す清酒香気成分の生成機構について解明してきました。その成果をもとにして吟醸酒造りに適した酵母を開発、その特許技術を広く開放しています。その技術を用いて育種した菌株は、「きょうかい酵母」として公益財団法人日本醸造協会を通じて頒布され、全国の蔵元で広く活用されています。

月桂冠の酵母育種技術が活用されたものとしては、「きょうかい1601号」、日本醸造協会と月桂冠の共有特許権となっている「きょうかい1701号」などの吟醸香を多く作る酵母があります。特に1601号をもとにバージョンアップされた日本醸造協会の「きょうかい1801号」は、全国新酒鑑評会への出品酒の醸造に最も多く使われています。また、1990年頃から、日本酒の酒質多様化を目的に、リンゴ酸、コハク酸などの有機酸の生産性を高めた清酒酵母の育種が盛んに行われるようになりました。月桂冠では1992年、リンゴ酸の高生産清酒酵母を育種により効率的に取得する方法(ジメチルコハク酸感受性酵母の使用による)を開発し特許を取得しました。この研究が嚆矢となり、清酒業界では有機酸高生産清酒酵母の育種方法の開発(シクロヘキシミド耐性株、α-ケトグルタル酸耐性株などによるもの)が続き、これらの酵母を活用した酒質の多様化が進められました。

「糖質ゼロ」日本酒の独自製法

健康意識の高まりから、清涼飲料水や発泡酒を中心に「糖質0」や「カロリー0」と表示された商品が多数発売されています。月桂冠でも「糖質0」へのニーズに応えるべく、旨味を残しながら糖質をカットする「糖質スーパーダイジェスト製法」(GSD製法)により、日本酒ではじめてとなる糖質ゼロ清酒の商品化に成功しました(2008年発売)。GSD製法は、麹による糖質の分解力を強化して、モロミ中のオリゴ糖を酵母が資化できるグルコースにまで分解、同時に発酵力を持続させるように環境を整え、モロミ中に糖質が残らないようにするもので、特許製法となっています(第4673155号、2011年1月28日登録)。

月桂冠「糖質ゼロ」は、アルコール度数13度台、爽やかなキレと、すっきりした辛口の味わいが特徴です。その特徴から、和食系の料理や野菜など、カロリーが低めのあっさりした酒肴や食事によく合いますが、油を使った料理では口中をすっきりさせるウォッシュ効果が見られるなど、多様な料理との相性の良さを確認しています。また、超淡麗・超辛口を特徴とする「糖質ゼロ」は、飲酒後の呼気に特有な臭気の原因となっている成分が発生しにくいタイプの酒であることを研究により見出しました。

2008年発売時のパッケージデザイン
2008年発売時のパッケージデザイン

常温流通可能な「生酒」の開発

生酒は、酒もろみをしぼった後、火入れと呼ぶ加熱処理を全くしないお酒です。月桂冠では、1981年(昭和56年)、チルド(保冷)流通を条件に「生原酒」を地域限定で発売しました。1984年(昭和59年)には超精密ろ過機の応用により、業界で初めて常温流通が可能な「生酒」を発売しました。超精密ろ過により酒中の麹を由来とする酵素を取り除くことで、酒質の変化を少なくし、しぼりたての鮮度感を保持しています。超精密ろ過技術、無菌充填技術などの確立により、蔵元でしか味わえなかったしぼりたての風味をいつでもどこでも安定した酒質で楽しめるようになりました。その成果は、日本酒の発展に貢献するものと評価され、1986年(昭和61年)、「日本醸造協会・石川弥八郎賞」を受賞しました。

「四段仕込み」の活用

四段仕込みはコクのある旨口の酒を造るための醸造法です。もろみ発酵の末期に、全仕込米の1~2割に当たる量の蒸米を仕込みます。1921年(大正10年)頃、名古屋財務局鑑定部の小森咸吉氏により開発されました。伏見の酒造家はこの四段仕込みを酒造りに積極的に活用、伏見の水質にも合い、やわらかで豊かな味わいの酒を醸し出すことに寄与しています。月桂冠でも1932年(昭和7年)から四段仕込みを活用しています。月桂冠では四段仕込みを応用することで、1981年(昭和56年)、醸造用糖類の添加を廃止しました。酒への旨味の付与を糖類添加に頼らず四段仕込みによって代替し、無添加の商品づくりに寄与するものとなっています。