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酒蔵

桜と日本の酒
日本の感性が育んだ酒

酒の文化を知る - 酒の歳時記

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日本の四季の移り変わりはきわめて微妙である。画家・東山魁夷は「多彩と淡泊、華麗と幽玄、桃山文化のようなきらびやかさと、雪舟の墨絵のようなものが、違和感なく同居し、空気そのものがうるおい、景色もソフト」だという。雨ひとつをとってみても「春雨(はるさめ)じゃ、濡れて参ろう」などという、やさしく明るい雨があるかと思えば、夕立のような激情ほとばしる雨や、深々と垂れこめる梅雨(つゆ)の雲など、見事に細かく描き分け、区別する。そこに日本の感性がある。人々の自然観と美的感覚がはぐくんできた酒、それが日本の酒である。
著者:栗山一秀。1926年生まれ、月桂冠元副社長。

「サ」は田の神、「クラ」は神々の宿る台座

「春はあけぼの やうやうしろくなりゆく 山ぎは少しあかりて むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる」と、静かにあけゆく京の春をいとも雅(みやび)に描写したのは、平安朝の才媛・清少納言。しかし、いまの私たちに最も春を感じさせてくれるのは、やはり桜であろう。明治以後、染井吉野という品種が全国各地に植えられ、ひときわ華やかに咲きほこるようになった。桜の開花日は、日本列島を南からゆっくりと北上、人々に春の到来を告げてゆく。いまでは「桜前線」という言葉まで生むに至った。
サクラの語源は、「咲く」に接尾辞「ら」がついて「サクラ」になったとの説もあるが、民俗学者によると「サクラ」というコトバそのものが、古代の土着信仰と深く結びついており、「サ」は田の神を意味し、「クラ」はその神々の宿る台座を表わしているという。桜の開花は、山の神々が里へ降りてきて田の神となったあかしであり、樹に神が宿ると信じた古代の人たちは、花の下に集まり、豊作を祈りつつ、神々と共に酒を酌み交わした。「花と酒」とのかかわりあいは、すでにこのころから始まっていたのである。
その後、時代と共に、桜が長く咲いていればいるほど、その秋は実りに恵まれることを経験的に知るようになり、素朴な祈りをともなった土俗的風習も、花を見て楽しむ集いへと変わっていった。
こうして「まつり」と「鑑賞」とをあわせもった「花見の宴」が始まり、「花と酒」の文化を発展させ、さらに雅な行事として定着させていったのは王朝の貴族たちである。

桜と日本酒

桜花に心情を託す

八世紀の『日本書紀』には、天皇が舟遊びされたおり、盃に桜の花びらが舞い落ちる美しい情景が記されている。もうこの時代から、はらはらと散る花の風情を好み、それに心情を託すようになっていった。

空をゆく ひとかたまりの 花吹雪     (高野素十)

一陣の風が満開の桜を吹き抜ける。さーっと、花びらが舞いあがり、ひとかたまりとなって飛んでゆく。花びらのひとひらが、はらりと盃に落ちて浮かぶ。その花びらと共に飲み干す酒こそ、日本ならではの醍醐味。

ちるさくら うみあおければ 海へちる   (高屋窓秋)

ぬけるような青空を背景にした桜の美しさも、たった一夜の雨風であっけなく散ってしまう。この「いさぎよさ」とか「淡白さ」に美を感じてきたのである。

はんなり(花有り)とした京の酒の風味

花見といえば思い出されるのが、かの太閤が催した「伏見・醍醐の花見」。何事にも豪華絢爛を好んだ秀吉らしく、全国各地から名だたる桜の木を取り寄せ、ところせましと移植し、その絢を競わせたという。酒もまた、お膝下の伏見や京の酒をはじめとして、西宮の旨酒、加賀の宮腰酒、堺の酒など諸国の銘酒が集められ、その盛大さはまさに空前絶後、今に至るも語り草となっている。ときに慶長3年(1598)のことであった。

桜ばな いのち一ぱい 咲くからに
生命(いのち)をかけて わが眺めけり   (岡本かの子)

京の春は、技垂桜の円山、銀閣寺へ通じる哲学の道などサクラに満ちあふれ、「はんなりした風情」に包まれる。「はんなり」とは「花有り」を意味し、陽気で、上品な華やかさを表わしている。京の酒の特徴も、ひとことで言えば「はんなりした風味」ということになろう。ふくらみとやさしさ、すっきりと調和した香味が身上の日本の酒は、不思議なくらい桜とよく似合う。

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