「和食」文化と麹

「和食」文化に通底する麹(こうじ)

和食の調理に用いられる清酒・しょうゆ・みそ・みりんなどの調味料は、いずれも麹(こうじ)の働きにより醸されている。「和食」文化には麹が通底しており、麹は和食調味料の製造に欠かせないものとなっている。

麹とは、麹菌を穀類に生やし酵素(こうそ)を分泌させたものである。麹をつくる際に用いる種麹(たねこうじ)のことを「もやし」とも呼ぶ。「もやし」は、木灰がまぶされた蒸米の上で、カビの一種である麹菌(こうじきん)をよく繁殖させた後、胞子を選別して乾燥させたものである。 日本には、清酒・焼酎・しょうゆ・みそ・みりんなどの製造業者向けに、種麹を専門に製造し商う業者が十軒ほど存在している。

黄麹菌(きこうじきん、Aspergillus oryzae)の胞子
黄麹菌(きこうじきん、Aspergillus oryzae)の胞子。

出来上がった酒造用の麹
出来上がった酒造用の麹。

麹と酒造り

米に、もやもやとカビが生えた状態を意味する「よねのもやし」という言葉が、平安時代の宮中儀式や制度を規定した『延喜式』(えんぎしき)に記されている。そこには、米一石に「よねのもやし」4斗、つまり4割の麹を用いるなどの記述があり、種麹を用いた酒造りがすでに始まっていたことをうかがわせる。平安時代から室町時代にかけては、朝廷や幕府から公認された麹座(こうじざ)と呼ぶ専門業者だけが「もやし」を製造し、醸造元に卸していた。これが現在の種麹業者のルーツである。

清酒造りでは「一麹、二モト(酒母)、三造り(モロミ)」とも言われ、「一麹」として麹造りを重要視している。麹の出来具合は、酒の美味しさに及ぼす影響が大きいからである。清酒の場合、種麹として黄麹菌(きこうじきん)、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)の胞子を用いる。「オリゼー」とは稲のことで、もともと稲から分離した黄麹菌を種麹としていた。黄麹菌は日本独自の微生物であり、2006年(平成18年)、日本醸造学会から、わが国の「国菌」に認定されている。

酒造用の麹づくりでは、種麹を蒸した米にふりかけ、約2日間の培養で麹菌が生育する中で酵素を生産する。酒モロミの発酵工程では、麹に貯えられた酵素の力で米のデンプンを分解し、酵母によるアルコール発酵に必要なブドウ糖が供給される。同時に米のタンパク質も、麹の酵素でアミノ酸へと分解され、酒の旨味が形成される。

米蒸しと麹づくり
江戸時代の酒造り「米蒸しと麹づくり」(江戸期・寛政年間の「日本山海名産図会」をもとにして門脇俊一氏が作成、月桂冠大倉記念館・蔵)。

麹菌のつくる酵素

麹菌が増殖する際に、さまざまな酵素が生産される。酵素は、生き物の体内でつくられるタンパク質の一種で、原料分解の仲立ちをするものだ。清酒・焼酎・しょうゆ・みそ・みりんなど、醸造食品の種類によって、その原料や製法の特性に見合ったタイプの麹菌が使われる。清酒・みりんの醸造にはデンプンを糖に分解する酵素力の強い麹菌、しょうゆ・みそにはタンパク質を分解し、うま味成分となるアミノ酸をつくる酵素力の強い麹菌が用いられる。 酒や調味料の醸造途上では、麹菌がつくった酵素が働くことで、うまみやコク、風味が生み出され、和食の美味しさが支えられている。

米蒸しと麹づくり
培養中の麹菌の状態を顕微鏡で確認(京都市伏見区の月桂冠総合研究所)。麹菌の働きを活用して他分野への応用技術を探索、食品や医薬品などの開発に有用な物質を大量生産する試みにも挑んでいる。<発酵の景 和の味 最新科学への挑戦 顕微鏡越し 無限の世界>『京都新聞』(2014年10月17日付 夕刊)掲載。

(参考文献)

  • NHKスペシャル 「和食 千年の味のミステリー」 (2013年12月5日放送)
  • 小泉武夫 『麹カビと麹の話』 光琳 (1984年12月10日)