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干拓直前の巨椋池付近の航空写真(昭和7年、1932年)▲干拓直前の巨椋池付近の航空写真(昭和7年、1932年)。巨椋池は真ん中の黒い影の部分。東は現在の国道24号線、西は淀、南は府道・八幡荘線のあたりまで水域がおよんでいたことがわかる。画像は『伏見区誕生70周年記念誌』(2001年)から許可を得て転載

豊かな地上の水、巨椋池
水辺の景勝地として、流路整備による要衝としての伏見

京都・伏見を訪ねる - 酒造りと水

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桃山御陵から南の宇治川方面をのぞむと、向島のマンション群の向こうに水田地帯が広がっています。かつての巨椋池があった一帯であり、ひと昔前は満々と水をたたえる広大な遊水池でした。第二次大戦中の昭和初期、米増産のために8年かけて干拓され、池は姿を消しました。干拓が始まった昭和8年(1933年)当時の水域は、約800ヘクタールで周囲16キロ、東京ドームが170個も入るほどの大きさだったのです。

伏見城下町図▲伏見城内に宇治川の水を引き込み、巨椋池に堤防を築くなど大改修が行なわれた。伏見城外堀の水流は濠川(ほりかわ、宇治川派流)となっている(伏見城下町図より、月桂冠大倉記念館・蔵)

太古の京都は、大阪湾が入り込み、それが何億年も前に隆起して盆地となり、南端に巨椋池が残りました。北の方が高く南へ行くほど低い京都盆地。北から流れる鴨川、桂川、琵琶湖からの水流を源とする宇治川、南の笠置から北流する木津川を束ね、それらが全て巨椋池へと集まり、一本の淀川となって大阪湾へ流れています。これらの河川を通じて、大坂・大和・近江をつなぐ水運が奈良時代以降活発になり、遠くは九州、瀬戸内沿岸、紀伊半島からの物資や人的な交流が京の都へもたらされました。

▲豊臣秀吉が伏見で最初の築いた指月城があった伏見区泰長老から、巨椋池の存在したあたりを望む

巨椋池をのぞむ伏見丘陵は、平安朝以来、景勝地となり、藤原氏が別荘を建て、多くの公家たちが詩歌管弦に耽ったといいます。文禄3年(1594年)、秀吉も桃山丘陵南側の「指月の森」(JR桃山駅から南側の一帯)に伏見城を築き、茶の湯や酒宴を楽しみました(「指月」とは、空の月と川、池、盃それぞれに映る月の4つを一度に見ることができたことにちなむ)。伏見城を築くと同時に、巨椋池の大改修も行われました。長年の間に土砂がたまり、池が浅くなっていたため城への交通や物資運搬がままならなかったからという理由がありました。填島堤、淀堤という大堤防を築き、宇治平等院の前からまっすぐ西に流れて巨椋池に入っていた宇治川の流路を大きく北へ迂回させ、城のある山の麓へ引き込みました。この整備は、その後の伏見の発展に大きく寄与したのです。

巨椋池の蓮見舟▲巨椋池の蓮見舟(昭和初期)。日の出頃に開く蓮の花を見物するため早朝に舟が出た。「洛南の風物詩」として、お盆が近づく頃、遊客を集めた。「見渡す限り蓮の花ばかりの世界」で、「蓮の若葉を刻み込んだ蓮飯」が見物後の宿の朝食だったという(『和辻哲郎随筆集』「巨椋池の蓮」岩波文庫より)。画像は『伏見区誕生70周年記念誌』(2001年)から許可を得て転載

伏見の水の豊かさを象徴する痕跡は他にも見られます。月桂冠大手蔵(伏見区下鳥羽小柳町)の2キロ北、今の名神高速京都南インターチェンジ、城南宮の界隈には、かつて多くの池が点在、平安期には鳥羽離宮の御殿が浮御堂のように建ちならび、水郷の雰囲気をかもしていました。周辺には、赤池、青池などの地名が現在も残っています。明治時代の地図には、伏見の横大路や中書島あたりも低湿地と記されています。

伏見では、このような水の豊かさを背景に、昭和30年代頃まで自噴の井戸があちこちに湧いていました。地下水は、川や池など地表の水同様、京都盆地の北と東、西から流れ込んでいます。年を経るごとに、地表近くの伏流水は少なくなってきましたが、地中深くには豊富な水が流れ続けており、深井戸で汲み上げた豊かな地下水で伏見の酒が醸されています。

【参考文献】
  • 宇治市歴史資料館『巨椋池』宇治文庫3(1991年)
  • 加藤真吾「古代やましろ歴史探偵記<1>~<5>」『京都新聞』(1986年)
  • 栗山一秀「水とともに生きる伏見のまち」『伏見学ことはじめ』思文閣出版(1999年)
  • 日本史研究会・編『豊臣秀吉と京都―聚楽第・お土居と伏見城』文理閣(2001年)
  • 森浩一、中川要之助「巨椋池今昔」『京都新聞』 <上>(2000年12月20日)、<中>(同12月21日)、<下>(同12月22日) 和辻哲郎「巨椋池の蓮」『和辻哲郎随筆集』岩波文庫(1995年)
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