徳川三代将軍・家光の時代に、月桂冠の前身「笠置屋」は京都伏見の地で酒屋を創業。伏見は城下町、港町、宿場町として発展し、交通の要衝としてにぎわいを見せるようになります。しかし、幕府の減醸令による酒造制限や、京の市中への他所酒の移入禁止、鳥羽伏見の戦で伏見の街が兵火にみまわれ、伏見酒には苦難が続きました。江戸期の笠置屋は、地元を中心に商う小さな造り酒屋で、その生産量はおよそ数百石(1石は180リットル)にすぎませんでした。
●初代・大倉治右衛門が伏見馬借前で酒屋を開業。屋号を「笠置屋」、酒銘を「玉の泉」と称した。 |
![]() ▲印菰原図「玉の泉」 |
1600年(慶長5年)
●関ヶ原の戦がおこる。
1603年(慶長8年)
●江戸幕府が開かれる。
1633年(寛永10年)
●鎖国令が出される。
1635年(寛永12年)
●参勤交代制が始まる。
1637年(寛永14年)
●島原・天草の乱がおこる。
1673年(寛文3年、延宝元年)
●幕府が「寒造り」以外の醸造を禁止。酒造りは冬場に集約され、季節労働に依る産業構造が定着していく。
1696年(元禄9年)
●もろみに焼酎を添加する柱焼酎の初見。
●この年の勘定帳に「新酒」「古酒」「南蛮酒」などの記載が見られる。 |
![]() ▲勘定帳(江戸期~明治期) |
●この年の勘定帳に「味醂酒」の記載が見られる。 |
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●酒造高が148石8斗となる。 |
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1716年(正徳6年、享保元年)
●享保の改革が始まる。
1727年(享保12年)
●米相場会所が大坂に設けられる。
1787年(天明7年)
●寛政の改革が始まる。
●酒造高が240石となる。 |
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●8代目の治右衛門が「倉」を普請する。1833年(天保4年)には「造り蔵」、1840年(天保11年)には「居宅」と相次いで普請する。 |
![]() ▲大倉家本宅(現存、大正初期撮影) |
1841年(天保12年)
●天保の改革が始まる。
1853年(嘉永6年)
●ペリーが浦賀に来航。
●パスツールが微生物の発酵を証明。
1858年(安政5年)
●安政の大獄。
1860年(安政7年、万延元年)
●桜田門外の変。
●手動式の消火ポンプを笠置屋の銘入りでつくる(月桂冠大倉記念館に所蔵、展示)。 |
![]() ▲手動式消火ポンプ「応龍水」 |
●鳥羽伏見の戦で近隣は兵火に包まれたが、大倉家本宅と酒蔵は被災を免れる。 |
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1862年(文久2年)
●伏見寺田屋での薩摩藩による騒動。
1867年(慶応3年)
●大政奉還による王政復古。
1868年(慶応4年、明治元年)
●鳥羽伏見の戦で伏見の酒造家が被害を受ける。
●江戸が東京と改称。
● 明治と改元される。





