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展示場・展示品

酒蔵の中庭

月桂冠大倉記念館と、隣接する明治期建造の内蔵酒造場との間には、広いスペースの中庭があります。木製の桶を用いていた昭和初期頃までは、中庭一面に大桶を並べ、日光乾燥していました。
蔵の南の井戸端には洗い場があり、その東側に分析・検査室が設けられ、西側に杜氏や蔵人の生活する会所場(かいしょば)が配されています。当社の酒蔵は、働く人達の生活場所が酒造りをする棟から完全に離れているところに特徴があります。

酒桶

昭和初期頃までは、発酵に木桶が使われていました。木桶の場合、木質の内部にも雑菌が残りやすいため、使い終えて再度使用する前に何度も熱湯をかけて、竹を細く割って束ねたササラで木目に沿ってしごき、念入りに洗っていました。さらに、洗浄した木桶は日干しにして乾燥されるため、蔵の前は広いスペースをとっていました。

昔の帳場

内蔵酒造場(1)

月桂冠大倉記念館の中庭に面した内蔵は、1906年(明治39年)に建築されました。その後、増改築を経て現在の形となったのは大正初期のこととされています。「内蔵」の名称は、本宅に隣接する内蔵形式であることに由来します。蔵内には、四季醸造ミニプラント「月桂冠酒香房」を設けており、年間を通して、ガラス越しに昔ながらの酒造りの様子をごらんいただけます(ご見学は要予約)。

昔の帳場

内蔵酒造場(2)

南側から前蔵、中蔵、北寄りに位置する奥蔵で構成され、切妻屋根の白壁土蔵が軒を並べています。この蔵では、現在も杜氏・蔵人が秋から春にかけて酒造りを行っています。日本酒の寒造りが最盛となる厳冬期には、蒸米や発酵によって醸し出される香りがあたりに漂い、酒どころの雰囲気を一層高めてくれます。

昔の帳場

月桂樹

月桂樹は邪気を払う霊木として崇められており、古代ギリシャの競技祭典では、神木を冠にして勝者に授けられました。その神木の一つが「月桂冠」であり、勝利と栄光のシンボルとして世界で広く親しまれ、マラソンをはじめスポーツ競技の勝者に贈られるのは、おなじみの光景となりました。当社は1905年(明治38年)「月桂冠」を商標登録し、酒銘として使用しています。
日本酒のブランドとして広く親しまれるようになった「月桂冠」にちなみ、当館の中庭に月桂樹を植樹しています。月桂樹には雄雌があり、雌木[写真]は葉が細長く、雄木は葉が丸いのが特徴です。ローリエとして料理に使われるのは香り高い雌木です。

昔の帳場

笠置灯籠

1637年(寛永14年)、初代大倉治右衛門が笠置から伏見に出て店を構え、出身地にちなんで屋号を笠置屋としたのが月桂冠のはじまりです。その創業の由来を伝える象徴として、平安時代の笠置寺(京都府相楽郡笠置町)にあった灯籠(とうろう)を復元し、当館に設置しました(2001年3月)。笠置山山頂にある笠置寺へ至る道標として、この形の灯籠が参道に並び立っていたといわています。炎が燃え上がるさまを表す宝珠を頂部にいただく簡素な形に、当時の素朴で敬虔な心が伝わってきます。高さ130センチメートル、直径25センチメートル。

昔の帳場

井戸

1961年(昭和36年)に掘った井戸で、地下約50メートルから汲み上げています。月桂冠大倉記念館に隣接する内蔵で、酒造りにも用いています。内蔵酒造場の前には石で組んだ井戸[写真]、記念館には木製の枠で囲った井戸があります。桃山丘陵から酒蔵の集まる西南方向へ流れ出る水は、ひじょうにきれいで、鉄分が少なく酒造りに適しています。花崗岩(かこうがん)層から、ほどよい量のミネラル分が水に溶けだし、硬度60~80mg/Lの中硬水となっています。この清らかな水は、きめ細かくまろやかな酒質を生み出す源になっています。来館された方からは、「やわらかさを感じる」「夏でも冷たくておいしい」などの感想が聞かれます。

昔の帳場

会所場 (かいしょば)

酒蔵の一角に設けられている休憩部屋。部屋の真ん中に囲炉裏(いろり)を切り抜いた造りが多く見られます。各流派の杜氏に聞いてみたところ、越前(福井)、丹波(兵庫)、但馬(兵庫)では「会所場」、広島では「会所部屋」、秋田では「休み場」、南部では「広敷」(ひろしき)と、地域により呼び方が異なるようです。食事をする場所に隣接している例が多く、酒造りの合間に、杜氏さんや蔵の人達が一服したり、一同車座になって和気あいあいの一時すごし、時にはミニ会議になるときもあるようです。

昔の帳場

酒林と注連縄

酒林(さかばやし)は、神木である杉の葉を束ねて球状に整えたものです。昔は酒屋の看板として、新酒ができたことを知らせるため、新しい酒林を軒先に吊るしました。今では、酒の神として有名な奈良県の大神神社(三輪明神)から授与される酒林をかかげることが通例です。
大きな引き戸の上に張った注連縄(しめなわ)は、神聖な酒蔵への入り口を区切る結界としての意味を持っています。

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足踏み精米

内蔵酒造場の中庭と庭園を結ぶ、当館展示室の西側の通路に、かつて使われた足踏み精米機を置いています。280センチの板の一方の端を踏み込むと、中央の支点をテコにして杵が振り上げられ、石臼の中の米を搗くようになっています。

昔の帳場

庭園

中央に築山を配した庭園を通り抜け、六角形の屋根を持つ東屋へと敷石が続いています。ご見学の合間に、東屋のベンチで、しばし休息していただくことができます。

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石灯籠(織部灯籠・切支丹灯籠)

千利休に茶の湯を学んだ古田織部の発案とされている型の灯籠であり、茶室のしつらえとして、各地の庭園にも見られるものです。灯火が入る火袋の下側にある竿の部分に、十字架を連想させるふくらみが施され、竿の下端に神像または仏像を思わせる彫像が見られることから、切支丹灯籠とも言われています。弾圧の厳しかった時代、信徒はこの彫像を土中にほとんど隠れるように埋めて、ひそかに礼拝していたとの説もあるようです。
伏見で本陣宿を営んでいた福井源三郎家から寄贈いただいたものです。阪神淡路大震災の被災により、笠の部分などが破損していましたが、補修のうえ当館の中庭に置きました。笠の幅58センチメートル、高さ128センチメートル。

昔の帳場

坪庭

エントランスの一角に、やわらかな陽が差し込む坪庭があります。幅3.8メートル、奥行き3.0メートルの小さなスペースに、日々の天候のうつり変わりが映し出され、カエデ、シシガラ、サツキが四季の彩りを見せてくれます。中央には落ち着いた風情の雪見灯篭を置いています。田中博氏が作庭。

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