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展示場・展示品

酒造りの技を物語る用具類

明治、大正、昭和期に、酒造りの現場で実際に使われた伝統的な酒造用具類を、工程にしたがって展示しています。酒造用具とあわせて、江戸期の酒造りを描いた図会を掲げており、各用具がどのように使われていたかを知ることができます。
科学技術の発展と共に、酒造りは近代化され、伝統的な桶や樽、櫂などの用具は次第に使われなくなり、新たな素材を用いたものにとって代わられるようになってきました。
1985年(昭和60年)6月1日、当社所蔵の酒造用具6,120点が、京都市の有形民俗文化財に指定されました。当館で展示しているのは、その一部の約400点です。古の酒造用具類を保存・展示する当館で、伏見の酒造りとその歴史にふれていただくことができれば幸いです。

米洗い・水漬け

水を汲み、米を洗い、水に漬ける、桶を洗うといった作業に関する用具類。名水といわれた井戸場や各蔵元の井戸から、「はねつるべ」で水を汲み上げ、「水樽」に詰め、大八車で酒蔵へ運んでいました。精米された白米の表面に残った糠(ぬか)を、この水でしっかり洗い流します。米とぎ用の桶(踏桶)に米と水を入れ、足踏みで70回、50回、30回と3度にわたり水を替えながら、米を洗っていました。「米洗場唄」(かしばうた)を歌い、作業のリズムとタイミングをはかります。洗い上がった米に、十分水を掛けた後、一定時間水に漬け、「いかき」と呼ぶザルで水切りします。
米の水分量が適当であるかどうかは、蒸し上がりや麹づくり、発酵中の米の溶け具合など、その後の工程に影響します。そのため、米洗い、水漬けの作業を通じて、めざす酒質に向けて調整がうまくいくよう、適量の水分を含ませることが重要です。

米洗い・水漬け

米蒸し

米を蒸す際に使う用具類。釜の上に置いた、「甑」(こしき)は、直径2メートルほどで、いわば大きな蒸篭(せいろ)です。水洗い・水漬け・水切りした白米を投入し、40分ほど蒸します。甑の底には小さな穴が空けられています。この穴に、蒸気を均等に分散させるための木片をかぶせます。木片は、猿が伏した形に似ていることから「さる」、「駒」(こま)とも呼ばれます。
もうもうと蒸気が立ち昇る中で、稲わらを編んだ「甑沓」(こしきぐつ)を履いて、蒸した米を取り出します。蒸した米は、「ぶんじ」と呼ぶスコップ状の用具ですくい取り、小型の桶(飯試=めしだめ)に入れ、肩にかついで麹づくりや仕込みの工程へと運びます。
「半役」は「ぶんじ」を湿らせるため水入りの桶を置くた台、「休座」には蒸米を取り出す作業者が乗ります。手で持って蒸し上がった米をすくい取るための「かき桶」、蒸した米を筵(むしろ)の上に広げる「櫂割り」など、さまざまな用具を工夫して使っていました。
米は蒸されることによってデンプンの組織を変化させ、麹のつくり出した酵素による液状化・糖化の作用を受けやすくします。蒸しの方法としては、昔ながらの甑のほか、現在では、米がベルトコンベア上を移動するうちに蒸気を当て、均質に蒸し上がるようにした「連続蒸米機」が普及しています。

米蒸し

麹づくり

麹をつくるための部屋「麹室」(こうじむろ)を再現し、そこで使われる用具類を展示しています。
麹菌はカビの一種で、蒸した米の上で繁殖しながら、さまざまな酵素を作り出します。酵素には、デンプンを糖に分解するもの、タンパク質をアミノ酸に分解するものなど、さまざまな種類があり、その力の強さが、酒の甘辛、香り、味に大きく影響します。
麹菌は比較的高い温度で育つため、麹室の室温は約30度です。麹室内に湿気がこもりすぎないよう湿度を調節することも、よい麹をつくるために必要です。麹室の内外を隔てる壁は二重構造にして、二重の壁の間には籾殻(もみがら)をはさんでいます。また、給排気のため天井には高さの違う2本の換気口を取り付けています。これら断熱と熱交換、換気などの機能により、麹菌がうまく育つよう環境を整えます。
工程では、蒸した米を30度ほどに冷まして麹室に運び込み、麹菌の胞子を散布、米粒が十分に混ざり合うように揉み込みます。15時間後、再び米粒を揉みほぐします(切り返し)。麹菌の繁殖をすすめ、さらに半日後、「麹蓋」(こうじぶた)と呼ぶ小箱に約1.5kgずつ盛り分けて、棚に積み重ねます。麹蓋は麹づくりのためのいわゆるベッドになります。その後2~3時間ごとに、仲仕事、仕舞仕事、その間には温度調整のため麹蓋を積み替えるなど手を加えていき、約40時間で麹ができあがります。

麹づくり

酒母づくり

酒母(しゅぼ)は、アルコール発酵をになう酵母(こうぼ)を育てるための工程で、「もと」ともいいます。目的とする酒質を醸すのに適した酵母を選び、その株だけを純粋に大量に育てます。他の種類の酵母、雑菌に負けないよう、目的とする清酒酵母をあらかじめ増やしておき、もろみの本仕込みへと安全に進めます。
このコーナーでは、昔ながらの「生もと」と呼ぶ酒母づくりに使われた用具類を展示しています。蒸米と水、麹(こうじ)を十数個の「もと半切桶」(もとはんぎりおけ、容量200L程度)に分けて入れ、小さな山のように積み上げられた蒸米と麹のかたまりを、へら状の櫂(かい)ですりおろす作業(「山卸し」やまおろし、「もとすり」ともいう)は、厳寒の深夜から早朝にかけて、もと摺り唄を歌いながら数時間行われていました。
酒母づくりに使う「もと櫂」は、へら状や棒状のほか、頭の部分が四角、六角、楕円と形の異なるものがあります。それぞれ、かきまぜる酒母の状態によって使い分けます。
「暖気樽」(だきだる)は、樽の左右から突き出した把手(とって)に持ち手の柄を渡したもので、沸かした湯を詰めて、酒母の加温に使います。

酒母づくり

もろみ仕込み

「もろみ」は、アルコール発酵を行う酵母(こうぼ)を大量に育てた「酒母」(しゅぼ)に、デンプンの糖化などを担う「麹」(こうじ)、水、蒸米をそれぞれ3回に分けて加えたものです(三段仕込み)。1回目は「添」(そえ)と呼び、小さめの桶(三尺桶)に仕込みます。翌日、酵母の増殖を促すため仕込みを休み、この日を「踊」(おどり)と呼んでいます。続いて、大桶に移し変え、「仲」(なか)、「留」(とめ)と1日ごとに経過させ、計4日かけて仕込みます。添、仲、留と仕込みが進むにつれて、加える麹・水・蒸米の量を増していきます。
3回に分けて仕込むのは、酵母をだんだん増殖させながら濃度が薄まらないようにして、発酵を安全に進めるためです。留の日を第1日目として、吟醸酒は10度前後の低温で約30日、普通酒などでは15度前後で20日ほど発酵させます。
もろみでは、麹のつくった酵素により米のデンプンが少しずつ小出しにブドウ糖へと分解され(糖化)、そのブドウ糖を利用しながら、酵母がアルコールを作っていきます(アルコール発酵)。糖化とアルコール発酵は、一つのタンクの中で同時にバランスをとりながら進むことから並行複発酵と呼ばれています。 もろみをかきまぜるための櫂には、いくつかの形があります。「かぶら櫂」は頭の部分が舟底のように丸みを帯びており、仕込み直後に、蒸米が水を吸って硬くなる時期に用います。「大櫂」は、頭に平らな長方形に板を取り付けたもので、櫂を引き上げながら、もろみをかき混ぜます。
少量の水や蒸米・もろみなどを運ぶ、手持ち用の桶は「試桶」(ためおけ)と呼ばれます。仕込みの際、タンク脇まで上がるための昇降用の足踏み台は、蛙が前足を踏ん張ったように見えることから、職人の間では「蛙」と呼ばれていました。

もろみ仕込み

酒しぼり

発酵の終わったもろみを圧搾・ろ過して、酒と酒粕に分けることを、酒搾り(さけしぼり)または上槽(じょうそう)といいます。伝統的な酒搾りの用具は箱状で、内側の底面が船の平底に似ているところから「酒槽」(さかぶね)と呼ばれています。材質は欅(けやき)、桂、いちょう、桜など固い木材を用い、表面には柿渋を塗っています。幅約70センチメートル、深さ約90センチメートルのものから、仕込みの量によっては長さ2から3メートルほどの大きな酒槽を使う場合もあります。
発酵が終わったもろみを、5から9リットル容の「酒袋」に入れ、酒槽の中に積み上げます。木製の押し蓋をのせ、支点となる盤木を置き、ハネ棒の先に石を少しずつ吊るし、テコの原理を利用してゆっくり搾ります。このとき最初に出てくる白く濁った酒を、荒走り(あらばしり)といいます。
酒槽は船大工が造っていたことから「ふね」とも呼ばれ、酒搾りの責任者は「船頭」(ふながしら)と言っていました。

酒しぼり

垂れ壷

酒槽を使って搾った酒を、一番はじめに受けて溜める「垂れ壷」(たれつぼ)。備前焼の壷で、容量は220リットル(1石2斗)。壷の肩部より下は地面に埋められ、酒槽から流れ出てくる新酒を受けていました。  
壷の肩のあたりまで丹波焼きのひと回り大きい陶器の甕(かめ)で覆われていました。その間に漆喰(しっくい)を入れた二重構造になっており、壷にひびなどが入って酒が漏れないように保護するものでした。

垂れ壷

きつねとたぬき

発酵の終わったもろみを「酒袋」に入れるための桶で、杜氏・蔵人たちは「きつね」「たぬき」と呼んでいました。
「きつね」は、桶の形から、きつねの顔を連想させるので、この名がついています。口部は尖っており、酒袋に注ぎやすくなっています。手でつかんで作業しやすいように、桶の底面に切れ込みがあります。「たぬき」は、竹筒の注ぎ口をつけた円筒形の小桶で、越前流の酒造り職人が用いていました。
木綿製で柿渋が塗られた酒袋(5から9リットル)に、もろみがちょうど一杯入るよう、「きつね」「たぬき」は袋の大きさに応じた容量で作られています。もろみを入れた酒袋は酒槽(さかぶね)に積み上げ、重石で圧力をかけて搾ります。酒袋の布面を通して酒が濾され、袋の中に酒粕が残ります。

(参考文献)
・京都市文化観光局文化観光部文化財保護課『伏見の酒造用具』京都市文化財ブックス第2集(1987年発行)。

きつねとたぬき

酒造り唄

日本酒が出来上がるまでにはさまざまな工程があり、その作業に合わせ唄われてきたのが「酒造り唄」です。当館内では、伏見の酒造りと関係の深い越前流の酒造り唄を流しています。
米を水洗いする際の「洗米場唄」(かしばうた)、もと(酒母)造りのための「もとすり唄」「千本づつき唄」、もろみ仕込みのための「櫂入れ唄」(かいいれうた)など、各工程の作業にリズムを与え、短い歌詞を何番まで唄うかによって適当な作業時間を計るとともに、心をひとつに士気を高めるなどの役割がありました。
酒造りの職人である杜氏・蔵人たちの出身地の流派によって、歌詞や曲調は微妙に異なります。 酒造りの近代化と共に、唄われる機会も少なくなってきました。当社では、酒屋男の心がこもった酒造り唄を伝えていこうと、1975年(昭和50年)「月桂冠酒唄保存会」を結成し、越前流をはじめ各流派の酒造り唄を収集するとともに、お祝いの席など各種の催しでご披露することもあります。

酒造り唄

酒造りの図会(日本山海名産図会による)

江戸時代・寛政年間の「日本山海名産図会」をもとにして、画家の門脇俊一氏(1913-2006)が色彩を施して制作、「日本酒造」と題されました。当館では、「米洗い」「米蒸しと麹づくり」「もと(酒母)づくり」「もろみ本仕込み」「酒しぼり」の5工程の図会とあわせて酒造用具を展示しており、それらがどのように使われていたかを対照しながらご覧いただけます。
江戸時代の「日本山海名産図会」は、寛政11年(1799年)に出版されました。酒屋を家業としていた兼葭堂(木村孔恭)が著し、挿絵は蔀関月(しとみ・かんげつ)が描きました。

(参考文献)
・日本風俗史学会『図説江戸時代食生活事典』雄山閣出版(1978年)

酒造りの図会(日本山海名産図会による)
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