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界わいの景観・近代化産業遺産

大倉家本宅 月桂冠大倉記念館 伏見の酒造用具 内蔵酒造場 月桂冠旧本社 濠川(ほりかわ) 月桂冠旧本社 月桂冠昭和蔵 初代・大倉酒造研究所 薩摩藩伏見屋敷跡(松山酒造)

伏見城の外掘にあたる濠川(ほりかわ)から眺める酒蔵の風景は、酒どころ伏見の象徴として親しまれています。江戸後期に建てられた大倉家本宅などが残る町屋の佇まいは見る人を飽きさせません。一帯は京都市の「重要界わい景観整備地域」にも指定されました(1997年)。土色に近い色彩のカラー舗装、遊歩道やレトロ調の電灯の設置、電柱の地中化など、景観に配慮した整備が施されています。
近隣には、坂本龍馬が逗留した寺田屋遺址や、鳥羽伏見の戦いで薩摩軍の陣地となった御香宮神社、幕府軍が陣を敷いた伏見奉行所跡などが点在し、幕末の歴史舞台を彷彿とさせます。
また、産業の近代化や技術発展の歩みを物語る「近代化産業遺産」(経済産業省)として、月桂冠から、月桂冠旧本社、内蔵酒造場、月桂冠昭和蔵、旧・大倉酒造研究所、月桂冠大倉記念館、伏見の酒造用具の6件が選ばれました(2007年)。

大倉家本宅
1828年(文政11年)建造

第八代目当主・大倉治右衛門の時代、当社創業の地に建てられたものです。<(京都)市内では最大規模に属する町屋>とも言われています。内部には米の洗い場、吹き抜け天井の小屋組み、商いに使われた座敷など、昔ながらの酒屋の佇まいを残しています。表構えには、虫籠窓(むしこまど)、太めの木材を組み合わせた酒屋格子(さかやごうし)が見られます。1868年(慶応4年)新春に勃発した鳥羽伏見の戦では、通りをへだて北側の建物や、その並びの船宿、町家の多くは焼失しましたが、大倉家本宅は羅災をまぬがれ、今日に受け継がれています。

(参考文献)
・京都市文化観光局文化部文化財保護課・編『京の住まい-地域の文化財としての民家-』京都市文化財ブックス第8集(1993年)

大倉家本宅

月桂冠大倉記念館 伏見の酒造用具
1909年(明治42年)建造【近代化産業遺産】

伏見の酒造りと日本酒の歴史・文化をわかりやすく紹介する酒の博物館「月桂冠大倉記念館」は、1909年(明治42年)建造の酒蔵を改装し、1982年(昭和57年)開設しました。1985年には酒造用具類6,120点が、京都市有形民俗文化財の指定を受けました。この文化財の内、代表的な400点を記念館に常設展示しており、酒造工程にしたがってご覧いただけます。
館内には、酒造りの作業に合わせ唄われてきた「酒造り唄」が流れ、かつての酒蔵の雰囲気を再現しています。創業350年にあたる1987年に一般公開して以来、来館いただいたお客様は、2002年度に100万人を突破、同年度からは年間10万人を超え、2011年5月に200万人目のお客様を迎えました。

月桂冠大倉記念館 伏見の酒造用具

内蔵酒造場
1906年(明治39年)建造【近代化産業遺産】

月桂冠大倉記念館の中庭に面した内蔵では、現在も昔ながらの寒造りを行っています。蔵の名称は、本宅に隣接する内蔵形式であることに由来します。南側から前蔵、中蔵、奥蔵と切妻屋根の白壁土蔵が連なっています。蔵内の四季醸造ミニプラント「月桂冠酒香房」では、モロミが発酵している様子を、ガラス越しにご見学いただけます(前日までに要予約。蒸米や仕込みなどの作業は不定期に行っており、必ずしもご覧いただけません)。日本酒の寒造りが最盛となる厳冬期には、蒸米や発酵によって醸し出される香りがあたりに漂い、酒どころの雰囲気が一層高まります。

内蔵酒造場

月桂冠旧本社
1919年(大正8年)建造【近代化産業遺産】

数少ない大正時代の建造物で、壁の足元を守る犬矢来(いぬやらい)に囲まれています。1993年(平成5年)8月までは月桂冠・本店として使用していました。当時の宇治川氾濫による水害から建物を守るため、表玄関には石段や石囲いが施され、床面は道路より1メートルほど高くなっています。江戸時代の建物に比べ天井が高く、和風建築でありながら、洋風の工法を取り入れた箇所も随所に見られます。現在は、NPO法人・伏見観光協会が「おくつろぎ処・おみやげ処・あんない処 伏見夢百衆(ふしみゆめひゃくしゅう)」として、喫茶、土産販売・観光案内所を運営しています(TEL:075-623-1030)。

昔の帳場

月桂冠本社
1993年(平成5年)建造

本瓦葺の大屋根、酒蔵風の窓など、一帯の景観との調和をはかっています。
この建物は「京都市・都市景観賞・市長賞」(1994年)、「第7回日経ニューオフィス賞・通商産業大臣賞」(1994年)を受賞しました。
歩道には花みずきの街路樹を植えています。

月桂冠本社

濠川(ほりかわ)

濠川は、伏見城築城(1594年)の際、宇治川の水を引き込み外濠として築かれました。月桂冠大倉記念館や内蔵酒造場から連なる南浜は、かつて大坂から京に入る玄関口として三十石船が発着、船宿が軒を並べ、旅客でにぎわっていました。その後、濠川沿いには大名の武家屋敷が置かれました。現在の月桂冠の昭和蔵(京都市伏見区片原町)は紀州藩、北蔵(同・下板橋町)は尾州藩、大賞蔵(同・東堺町、現在の松山酒造)は薩摩藩の伏見屋敷でした。
濠川には現在、春季から秋季にかけ観光船の十石舟が運航しています。川沿いには遊歩道が整備され、柳並木越しの酒蔵風景や、しだれ桜、ソメイヨシノ、ゆきやなぎ、あじさいなど、折々の自然が人々の目を楽しませてくれます。

濠川(ほりかわ)

月桂冠昭和蔵
1927年(昭和2年)建造【近代化産業遺産】

紀州藩伏見屋敷跡の敷地(京都市伏見区片原町)の一角に、1927年(昭和2年)に建造されました。当時としては珍しい冷房付き鉄筋コンクリート2階建ての酒蔵で、現在も酒造りを行っています。写真は1929年、蔵に隣接して設置した事務所兼分析室です。1964年には1階と3階部分を増築し、現在は製造本部の事務所として使用しています。
昭和蔵構内には、昭和6年(1941年)に、本格的びん詰めラインを設置したドーム型屋根の建物が残るほか、小容量から一升びんまでのびん詰、パック詰めのラインを有しています。

昔の帳場

初代・大倉酒造研究所
1909年(明治42年)建造【近代化産業遺産】

1907年(明治40年)、創立まもない国の醸造試験所の鹿又親(かのまた・ちかし)技官が、当社の北蔵(尾州藩屋敷跡)にひと冬滞在し、酒造りの研究調査を行いました。その様子を見た11代目当主・大倉恒吉は、酒造りに科学的な管理技術を取り入れる必要を痛感し、1909年、北蔵構内に「大倉酒造研究所」を設立しました。1911年には業界初となる防腐剤を使わないびん詰酒を商品化するなど、品質や酒造技術の向上につながる成果を上げています。

【初代・大倉酒造研究所の建物は2014年7月に同地から除去し、一部建築部材の保存や史料保存などを実施しました】

昔の帳場

薩摩藩伏見屋敷跡(松山酒造)

月桂冠の関連会社・松山酒造の所在地(京都市伏見区東堺町)は、かつての薩摩藩伏見屋敷でした。島津家の京都における拠点として歴代当主が立ち寄ったほか、徳川第13代将軍・家定に嫁ぐことになる篤姫も、江戸への道中ここに入り、近隣の薩摩ゆかりの地を巡ったといわれています。また、寺田屋で襲撃された坂本龍馬は、この屋敷に匿われました。歴史地理研究者の中村武生氏は、龍馬と妻のお龍が薩摩への旅に出たのもこの屋敷からであり、<「日本初の新婚旅行」出発の地のひとつといえる>と述べています。これらの歴史を伝えることを目的として、2008年12月25日、京都歴史地理同好会により、「薩摩島津伏見屋敷跡」の石碑が松山酒造の門前に建立されました。

昔の帳場
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