月桂冠総合研究所

日本酒に含まれるプリン体の組成とその生成機構を解明

呈味を向上させたおいしい低プリン体日本酒の開発に向けて

2023年09月07日

月桂冠株式会社(社長・大倉治彦、本社・京都市伏見区)総合研究所は、日本酒に含まれるプリン体について分析を行い、ビールとの比較により、どのようなプリン体成分が含まれているか、その成分組成を明らかにすると共に、日本酒醸造中におけるプリン体の生成機構を解明しました。

背景
昨今、痛風を気にされる方向けに、プリン体を低減させたさまざまな食品が開発されています。日本酒でもこれまで、低プリン体を謳う商品が開発されてきました。しかし、日本酒そのものに含まれるプリン体については、主にその総量を中心とした知見が見出される程度でした。また、同じ醸造酒であるビールでは、原料の麦芽に含まれる核酸が分解されて、その結果プリン体が多く含まれるという生成機構が知られており、プリン体を低減した発泡酒なども開発されています。また、プリン体は痛風の要因ともなりますが、一方で、旨味成分でもあることが知られています。そこで、プリン体の総量を減らしつつも一部の旨味成分を残した商品の開発を目指して、日本酒醸造におけるプリン体の生成機構の解明に取り組むこととしました。

日本酒中のプリン体の同定と成分量の測定
プリン体とはプリン骨格を持つ物質の総称で、プリン骨格をもつ物質の代表として4種類のプリン塩基(アデニン、グアニン、キサンチンとヒポキサンチン)があります。また、これらのプリン塩基の構造を含む代表的な物質としてATP、RNA、DNAなどの核酸が知られており、プリン体は生体において重要な物質としても知られています。また、核酸などが代謝・分解された物質もプリン体を含む物質であり、旨味物質(イノシン酸、グアニル酸など)として調味料などにも利用されます。

アルコール飲料に含まれるプリン体量は、一般的に蒸留酒には少なく、ビールなどの醸造酒に多く含まれており、そのうち日本酒における含有量は醸造酒中で比較的少ないことが報告されています(文献:1)。これまでプリン体の測定は、プリン塩基を含む個別の化合物としてではなく、4種類の各プリン塩基の量として定量されてきました。例えばアデニンを含む様々な化合物の総量をアデニン化合物とするなどです。

より詳細にプリン体の生成機構を解明するためには、日本酒の原料や醸造中における個別のプリン体量を知る必要がありました。そこで、醸造直後(しぼりたて)の日本酒のアデニン、グアニン、キサンチン、ヒポキサンチンとそれらを構造として含むプリン体化合物を個別に定量しました。まず、プリン体の測定条件の検討を行い、プリン塩基、プリンヌクレオシドなどを個別に定量できる方法を確立し、アデニンの構造をもつ化合物(アデニン化合物)、グアニンの構造をもつ化合物(グアニン化合物)、キサンチンの構造をもつ化合物(キサンチン化合物)、ヒポキサンチンの構造をもつ化合物(ヒポキサンチン化合物)の数々をそれぞれ測定しました。

その結果は、次の「グラフ1」に各化合物量の割合としてまとめて示した通り、ビールと比較して、日本酒に含まれているプリン体化合物の組成が大きく異なっていました。ビールではグアニン化合物が約60%を占めたのに対し、醸造直後(しぼりたて)の日本酒ではキサンチン化合物が最も多いことがわかりました。ビールと比較するとアデニン化合物やヒポキサンチン化合物の割合が高くなっていることが明らかとなりました。

グラフ1:醸造直後の日本酒と市販ビール(文献:2)のプリン体組成比較(単位%)

日本酒に含まれるプリン体生成機構の推定
日本酒に含まれるプリン体生成機構を解明するためには、その要因を特定することが必要です。そこで、日本酒の原料である米・米麹と、醸造中の酵母に含まれるプリン体を今回確立した方法を用いて測定しました。その結果、主要な成分組成は以下の通りでした。

・米:主に、アデニン化合物とグアニン化合物
・米麹:アデニン化合物、グアニン化合物、キサンチン化合物とヒポキサンチン化合物
・酵母:主に、アデニン化合物とグアニン化合物

以上から、米麹にのみ、キサンチン化合物とヒポキサンチン化合物が含まれていることが明らかとなりました。

続いて、醸造経過とプリン体量との関係について調べるために、醸造の初期・中期・後期の酒モロミ中のプリン体濃度を測定しました。醸造初期では一時的にプリン体濃度が上がり、醸造中期で下がり、醸造後期にかけて上昇をすることが観察されました。さらに、米、米麹、酵母などに含まれる特徴的なプリン体化合物組成の変化と、米麹の酵素活性を変化させて醸造させたときのプリン体量、酵母の死滅率との関係などの試験を追加して、次のようなモデルを推定しました。醸造初期では、キサンチン化合物、ヒポキサンチン化合物が多く含まれていることから、米だけでなく米麹がプリン体の主要因であるとし、醸造中期では醸造初期と比較してアデニン化合物、グアニン化合物、ヒポキサンチン化合物が減少しているのは、酵母による吸着・吸収が原因であると推定しました。醸造後期ではキサンチン化合物、ヒポキサンチン化合物だけでなく、アデニン化合物とグアニン化合物の全てが増加していることから、酵母からの溶出と、溶解した原料米に含まれる米麹由来の酵素による変換など複雑な相互作用が要因であると推定しました。

グラフ2:日本酒の醸造経過とプリン体組成の変化(単位%)と生成機構モデル

このように醸造の経過においては、米麹中の酵素による核酸の分解によるプリン体の増加や、酵母によるプリン体の吸収などの複雑な相互作用が起きていることが示唆されました。日本酒の発酵中に、プリン体の増減が観察されたことから、米麹の酵素や酵母をコントロールすることにより、よくプリン体を低減させる可能性が示されました。

今回推定したプリン体生成機構から、原料や醸造工程の管理などを工夫することにより、プリン体を低減しつつも旨味を残した日本酒を醸造できる可能性が示されました。今後はこの研究成果をもとに、プリン体を低減しつつ、呈味を向上させたおいしい日本酒の開発に向け、継続的に研究を進めていきます。

文献
1)公益財団法人 痛風・尿酸財団HP( https://www.tufu.or.jp/gout/gout4/447 )
2)藤森ら、Uric Acid Research p128-133 (1985)

学会での発表

今回の研究成果は、2023年度日本生物工学会大会(会期2023年9月3日~5日)で発表しました。本成果に関係する2題の発表は共に、話題性のある研究発表として「大会トピックス」に選出されました。

学会名:2023年度日本生物工学会大会(主催:公益社団法人日本生物工学会)
日時:2023年9月5日 13時24分~13時48分(演題1と2の連続発表時間)
会場:名古屋大学 東山キャンパス

演題1:清酒中に含まれるプリン代謝産物の定量
発表者:○浅井良樹、根来宏明、石田博樹(○印は演者)

演題2:清酒中に含まれるプリン代謝産物の由来と生成経路の解明
発表者:○根来宏明、浅井良樹、石田博樹(○印は演者)

月桂冠総合研究所

1909(明治42)年、11代目の当主・大倉恒吉が、酒造りに科学技術を導入する必要性から業界に先駆けて設立した「大倉酒造研究所」が前身。1990(平成2)年、名称を「月桂冠総合研究所」とし、現在では、酒造り全般の基礎研究、バイオテクノロジーによる新規技術の開発、製品開発まで、幅広い研究に取り組んでいます(所長=石田博樹、所在地=〒612-8385 京都市伏見区下鳥羽小柳町101番地)。

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