奈良先端科学技術大学院大学×月桂冠総合研究所・第3報

麹菌により新たなPET(難分解性プラスチック)分解酵素を生産

安定で高活性な酵素により、PETフィルムの分解に成功

2023年09月07日

国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学(学長・塩﨑一裕、奈良県生駒市)の吉田昭介教授(所属:先端科学技術研究科バイオサイエンス領域)と、月桂冠株式会社(社長・大倉治彦、本社・京都市伏見区)総合研究所は共同研究により、日本酒などの製造に用いられる麹菌の改良株を宿主として、安定で高活性なことで知られるPET分解酵素変異体(以下、FAST-PETase)を新たに発現させ、その酵素を用いたPETフィルムの分解に成功しました。

背景
ペットボトルなどに用いられるPET樹脂は難分解性プラスチックの一つであり、環境汚染を引き起こす要因となっています。プラスチックを原料まで戻してリサイクルする技術の一つはケミカルリサイクル法であり、廃棄物をほとんど出さずに資源を繰り返し利用できることから、近年では循環経済型リサイクル法として注目を集めています。PETについてはケミカルリサイクル技術が確立されていますが、より環境負荷を低減させる可能性のあるPET分解酵素(以下、PETase)によるリサイクル技術の開発が注目されています。この技術には、安定で高活性なPET分解酵素(以下、PETase)が大量に必要となります。

安定で高活性なPET分解酵素「FAST-PETase」を麹菌で生産、PET分解を検証
これまで、PET分解酵素の知見・技術をもつ奈良先端大(PETaseの性能評価を担当)1)と、麹菌の酵素生産技術をもつ月桂冠(麹菌の育種とPETase生産を担当)で、2020年から共同研究を継続してきました。その取り組みとして、遺伝子を工夫することにより麹菌でのPETaseの生産に初めて成功したことを報告しました(2022年3月9日)。しかし、生産されたPETaseは、糖鎖(糖類が連結した分子)の付加により、その働きに悪影響を与える場合があり、それが要因となって「低活性型」であったため、糖鎖を除去する酵素を生産させるよう工夫をした麹菌を育種2)することにより「高活性型」PETaseの生産に成功したことを報告しました(2022年10月13日)。

近年、PETaseを改良し、安定性や酵素分解活性を向上させた酵素FAST-PETase3)について報告されています。FAST-PETaseは、PETaseと比較して、熱に対する安定性と共に、分解活性などが向上した特長を持っています。そこで今回、さらに研究を進め、これまで開発してきた技術をもとにFAST-PETaseの生産と、この酵素によるPETフィルムの分解に取り組みました。

今回の取り組みと成果は次の通りです。
(1)FAST-PETaseを麹菌で生産させるために、遺伝子の工夫と糖鎖除去する麹菌育種を行ってFAST-PETaseを生産した。
A) 遺伝子の工夫:FAST-PETaseを生産させるために、FAST-PETaseの遺伝子の塩基配列を改変することにより欠損や短縮が起きない正常なmRNAを生産させた。
B) 糖鎖除去する麹菌の育種:糖鎖が除去されたFAST-PETaseを生産するために、糖鎖除去する酵素の遺伝子と、FAST-PETaseの遺伝子とを麹菌に導入・育種した。

麹菌で生産したFAST-PETaseを用いてPETフィルムをほぼ分解できた。反応前は丸く透明なフィルムの形状をしていたものが、反応が進むにしたがって表面が白濁しはじめて部分的に穴が開くなどの様子が観察された。14日間の反応後は、フィルムの外縁部を残してほぼ分解することがわかった。

今回の取り組みにより、麹菌で生産したFAST-PETaseを用いてPETフィルムの分解実験を行い、成功させることができました。今後は麹菌が生産した酵素の特性についての詳細の検証や、さらなる高生産方法の検討について研究を進めていきます。

引用文献
1)Yoshida S. et al., Science (2016), doi: 10.1126/science.aad6359.
2)Li Q. et al., J Biosci Bioeng (2020), doi: 10.1016/j.jbiosc.2019.12.006.
3)Lu H. et al., Nature (2022), doi: 10.1038/s41586-022-04599-z.

学会での発表

今回の研究成果は、「麹菌Aspergillus oryzaeによる耐熱型PET分解酵素の発現」と題して、2023年度日本生物工学会大会(会期2023年9月3日~5日)で、9月4日に発表しました。なお、当該の発表は、話題性のある研究発表として「大会トピックス」に選出されました。

学会名:2023年度日本生物工学会大会(主催:公益社団法人日本生物工学会)
日時:2023年9月4日 17時06分~17時18分
会場:名古屋大学 東山キャンパス
演題:麹菌Aspergillus oryzaeによる耐熱型PET分解酵素の発現
発表者:○戸所健彦1、伊出健太郎1、佐貫理佳子3、河野恵美2、吉田昭介2、石田博樹11月桂冠・総研、2奈良先端大、3 京工繊)(○印は演者)

各研究機関概要

国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学
先端科学技術の基盤となる情報科学、バイオサイエンス及び物質創成科学の研究領域に加え、これらの融合領域において世界レベルの先進的な研究を推進し、更なる深化と融合、そして新たな研究領域の開拓を進めています。
最先端の研究成果に基づく体系的な教育を通じて、世界と未来の問題解決や先端科学技術の新たな展開を担う「挑戦性、総合性、融合性、国際性」を持った人材を育成し、もって科学技術の進歩と社会の発展に貢献します(学長=塩﨑一裕、所在地=〒630-0192 奈良県生駒市高山町8916番地の5)。

月桂冠総合研究所
1909(明治42)年、11代目の当主・大倉恒吉が、酒造りに科学技術を導入する必要性から業界に先駆けて設立した「大倉酒造研究所」が前身。1990(平成2)年、名称を「月桂冠総合研究所」とし、現在では、酒造り全般の基礎研究、バイオテクノロジーによる新規技術の開発、製品開発まで、幅広い研究に取り組んでいます(所長=石田博樹、所在地=〒612-8385 京都市伏見区下鳥羽小柳町101番地)。

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