京都・伏見、港町としての側面を知り・学ぶ

日本唯一の内陸河川港湾「伏見港」について記事化
「みなとオアシス」登録を記念し、月桂冠HPで公開

2021年10月13日

伏見港の濠川から宇治川への出入口にあたる一帯が、京都府立伏見港公園として整備され、三十石船をかたどったモニュメントなどにより往時の港町を表現している

月桂冠株式会社(社長・大倉治彦、本社・京都市伏見区)は、地元、京都・伏見の伏見港が、国土交通省港湾局により「みなとオアシス」として登録(2021年4月30日、「川のみなとオアシス 水のまち 京都・伏見」として登録)されたことを記念し、自社サイト『月桂冠ホームページ』の「知る・学ぶ」のコーナーで、「日本で唯一の川の港、伏見港」と題して、港町としての発展の歴史と現在を紹介するコンテンツを、10月13日に公開しました。現在、街中を巡る濠川および宇治川派流、伏見の町の南側に沿って流れる宇治川の一部を含む約1平方キロメートルが、伏見港の港湾区域として指定されており、内陸河川港湾としては日本で唯一のものとなっています。

月桂冠ホームページ「知る・学ぶ」:日本で唯一の川の港、伏見港
> https://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/kyotofushimi/fushimikou/fushimikou01.html


同ホームページのコンテンツは、「日本で唯一の川の港、伏見港」と題して、「伏見はどのようにして水辺に直面する地となったのか」、「港町としての発展の歴史」、「港町の面影を訪ねて」の3つの記事を掲載、川の港成立の経緯から、江戸期の舟運発展、港町の往時の面影を残す現在の様子などを、古文書や写真などをふんだんに活用しながら、制作したものです。

『都名所図会』(江戸期)に描かれた京橋、蓬莱橋あたりの風景。かつて京橋の東側で、宇治川に向かって川が流れ込んでいた。今は埋め立てられ存在しない宇治川方面への川筋と、かつての今富橋(左手前)の存在がわかる

太古の昔、京都盆地は大阪湾から続く海の底にあり、取り囲む周囲の山々から、川の流れによって運ばれてきた土砂の堆積により、陸地が形成されていきました。その南端が伏見にあたり、水辺に直面する場所となりました。その後、安土桃山時代には豊臣秀吉が水路や街路を伏見の城下に集中するよう構築、そのインフラにより交通の要衝となり、港町、宿場町として新たな発展を遂げていきました。明治期以降は鉄道網の発達により、舟運は衰退しましたが、現在、観光船の十石舟や三十石船が舟航しており、往時の港町の面影を偲ばせる史跡や港の施設を目にしながら、伏見が港町であることを体感できます。

濠川・宇治川派流からの酒蔵(月桂冠・内蔵酒造場)の眺め

国土交通省の「みなとオアシス」への登録により、地元、京都・伏見では、港をテーマにした街づくりが、新たな地域振興につながるものと期待されています。今回、当社が制作したウェブコンテンツにより、「日本唯一の川の港」がある町という側面から京都・伏見を知っていただく機会になればと考えており、酒どころであることと併せて、当地ならではの歴史的な景観や文化を広くアピールしていきます。

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