伏見稲荷:朱色の鳥居が続く参道

伏見稲荷:朱色の鳥居が続く参道

伏見稲荷大社

「おいなりさん」と親しまれる稲荷社は、五穀豊穣、商売繁昌、家内安全、諸願成就の神様として信仰されています。全国に30,000社あると言われ、その総本宮が伏見稲荷大社(京都市伏見区深草薮之内町)です。その歴史は古く、奈良時代、和銅4(711)年に稲荷大神が鎮座されたのが始まりで、以来、1300年の時を超えて尊崇されています。「稲荷」の名は、穀物の神であることから来ており、「稲が成る」という意味など、いくつかの説があるようです。

稲荷山(左後方)と伏見稲荷大社本殿
▲稲荷山(左後方)と伏見稲荷大社本殿。

東山三十六峰のなだらかな峰々の南端にあたる稲荷山を、本殿の後背に見渡すことができます。この稲荷山そのものが祈りの対象となる神奈備であり、山の一帯が神域として崇拝されています。楼門の前では、稲荷神のお使いである狐が一対、両脇を固めています。左側の狐は鍵を、右側の狐は宝珠を咥え、神殿を守護しています。

稲荷神の使いである狐
▲稲荷神の使いである狐。本殿・内拝殿前を守護するこの狐は、稲荷社が穀物の神であることを象徴するかのように、稲穂の束を咥えている。
月桂冠「内蔵酒造場」の稲荷社
▲狐は稲荷神のお使いであり、神様のように見えない存在であることから透明とされている。白狐はその表象である(月桂冠「内蔵酒造場」の稲荷社)。

手水舎で手を清めて楼門をくぐり、外拝殿を回り込んで本殿・内拝殿へ、神鈴を鳴らして祈りを捧げます。本殿の後背からはいよいよ「千本鳥居」が始まります。稲荷山全体で1万基とも言われる鳥居が参道に続いており、その朱色に導かれるように国内外からの多くの参拝者が山道を奥へ奥へと進んでいきます。

鳥居
▲鳥居の朱色は生命力を表し、魔力に対抗する色として日本の神域で広く用いられているが、特に稲荷社の神威を表す特徴的な色として知られている。

稲荷信仰と酒造業

朱色の鳥居を、神社に限らず商業施設などさまざまな場所で見かけることがあるでしょう。稲荷社を企業内で祀り、安全や社運隆昌などを祈念する例もよく見られます。『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(田久保善彦・監修、グロービス経営大学院・著、東洋経済新報社、2014年発刊)と題された書籍では、数多くの長寿企業が神事・祭事・仏事を重要視していることを取り上げています。

稲荷神は、酒造家にとっても信仰の対象となっており、社内に稲荷社を祀り、毎年11月の醸造祈願祭には総本宮の伏見稲荷大社で玉串を捧げています。各酒蔵の稲荷社では、お火焚き祭(おひたきさい、11月)、二の午祭(にのうまさい、2月)など折々の祭礼を欠かさず営むことが伝統となっているのです。科学技術を取り入れて高品質の酒が造られる現代においても、安全や繁栄の拠りどころとして、神仏への祈りと感謝は欠かせないものとなっています。

月桂冠内蔵酒造場の稲荷社での「お火焚祭」(左)と「二の午祭」(右)
▲月桂冠内蔵酒造場の稲荷社での「お火焚祭」(左)と「二の午祭」(右)。会社経営陣や酒造蔵の責任者らが詣でる。お火焚祭は、11月に各蔵に祀る稲荷社で営む。11月は年間で最も太陽の光が弱まり、その復活を願って祈りを捧げ、稲藁を焚いて吉凶を占うもの。二の午祭は2月に行う。稲荷大神が稲荷山に鎮座されたのは和銅4年(711年)2月であり、2月最初の午(うま)の日を「初午」(はつうま)、2回目の午の日を「二の午」として神祭りが営まれている。

「お山詣り」の魅力

崇拝の対象そのものとなっている稲荷山では、山道を辿って点在する各社の神域を巡ることができます。「お山詣り」と呼ばれる頂上まで片道2キロの徒歩コース。本殿の後背から続く千本鳥居をくぐり「奥社」へ、さらに山道を登り「熊鷹社」や「三徳社」を経て三ツ辻へ、そして峰々への入り口となっている四ツ辻に至ります。

「眼力社」を守護する狐
▲「眼力社」を守護する狐。その名の通り、御利益は眼病治癒であり、「先見の明を得る」「眼力がつく」として企業経営者も参拝するという。

参道を巡れば、豊かな自然に触れながら、神々しい祈りの世界に触れることができるのです。四ツ辻から右へのルートをとると、山麓側から「下社」を祀る三ノ峰、「荷田社」を祀る間ノ峰、「中社」を祀る二ノ峰、「上社」を祀る稲荷山頂上の一ノ峰へと至ります(登りが比較的ゆるやか)。一方、左周りのルートをとり、「大杉社」や「眼力社」、「薬力社」「石井社」「おせき社」「長者社」などを経て急坂を登りきると、同じく「上社」に至ります。四つ辻の左右いずれの山道から周回しても、各社を参拝できます。

四ツ辻から眼下に京都洛南一帯
▲峰々への入り口となっている四ツ辻から、京都洛南一帯を眼下に見渡せる。

稲荷山の峰々の参道沿いに鎮座される各社に寄り添って、参拝者をもてなす茶店が営業されており、店内で乾きを潤し、一息つくこともできます。参拝者のお参りのために、お供え物一式も準備されています。

お塚
▲参道の各社を取り囲むように、「お塚」が祀られている。お塚は、お講や個人の参拝者が各々に神様を祀る磐境であり、稲荷山に1万基存在すると言われる。

(伏見探訪「稲荷と桃山」に関する参考文献)

  • 京都平安文化財『伏見城跡(指月城)発掘調査 現地説明会資料』(2015年6月20日)
  • 京都一周トレイル会 『京都一周トレイルコース公式ガイドマップ東山』 京都市産業観光局観光MICE推進室 (2014年11月)
  • 林屋辰三郎 『桃山』 京都桃山ライオンズクラブ (1976年10月15日)
  • 伏見稲荷大社付属講務本庁 『神奈備 稲荷山、祈りの山』 別冊大伊奈利 第2版(2015年5月15日)
  • 山本真嗣・編 『再版 伏見鑑上下巻』 桃高史学研究部 (1974年4月1日)
  • 山本真嗣 『伏見くれたけの里』 京都経済研究所 (1988年)
  • 山本真嗣 『京・伏見歴史の旅』 (新版) 山川出版社 (2003年)

当コーナーに使用した意匠は、伏見稲荷大社(京都市伏見区深草藪之内町)、御香宮神社(京都市伏見区御香宮門前町)の許可を得て、月桂冠が撮影した画像を含んでいます。