「黒田節」誕生の地、伏見

「黒田節」は伏見で誕生

「酒は飲め飲め飲むならば、日の本一のこの槍を、飲みとる程に飲むならば、これぞ誠の黒田武士」と唄われる福岡民謡「黒田節」は京の伏見で誕生した。伏見城下町の大名・福島正則の屋敷で開かれた酒宴でのいきさつを、儒学者の貝原益軒がまとめた「黒田家臣伝」の逸話がもとになっている。大名たちが居住した伏見城下町でのこの逸話が、歌い継がれて著名な民謡となり、現在、広く知られるようになった。

黒田武士銅像
博多駅前に建つ黒田武士銅像(彫刻家・家米治一氏作)。

福島正則の屋敷のあった界隈
福島正則の屋敷のあった界隈(京都市伏見区桃山福島太夫北町、同南町、同西町)。右側(東側)の段差は、武家屋敷の区画のなごりと言われている。

呑み取りの槍

文禄5年(1596年)正月のことである。黒田家の家臣、母里太兵衛は、福島正則から「これを飲めば望みの品を与える」と大きな鉢に注いだ酒を勧められた。太兵衛は、豊臣秀吉から正則に贈られたという由緒の、座上に掛けられた槍を指し、「あれをいただけるなら」と酒を飲み干し、槍を自分のものにした。正則は返却を訴えたが槍は返されなかった。この名槍「日本号」は、「呑み取りの槍」とも称され、現在、福岡市博物館(福岡県福岡市)に収蔵されている。「柄を含めた総長が321.5㎝、刃の長さ79.2㎝」と全長、刃渡りが長い大身の槍で、室町時代のものとされている。

「黒田節」発祥を示す駒札
伏見の総氏神、御香宮神社の表門西側に、「黒田節」発祥を示す駒札が建てられ、2014年9月3日、除幕式が行われた。酒どころにふさわしいこの逸話により、伏見が「黒田節」誕生の地として銘記された。

(参考文献)

  • <黒田節の由来>銅像(福岡博多ライオンズクラブがJR博多駅の博多口広場に1970年建立し福岡市に寄贈)の銘板
  • <大身槍 名物「日本号」> 「黒田家名宝展示―官兵衛ゆかりの資料展示―」 福岡市博物館ウェブサイトより
  • <「黒田節」誕生の地>駒札(2014年9月3日、京都市伏見区の御香宮神社表門西側に京都市が設置)