高山右近ゆかりの伏見教会
「首都」伏見
京都盆地の南端に位置する伏見は、巨椋池を臨む景観の美しい土地として、平安期から貴族の別荘地となっていた。その指月の岡(現在の京都市伏見区桃山町泰長老)に、1592年(文禄元年)、豊臣秀吉が城郭を築いたのが伏見城の始まりである。1594年(文禄3年)、1597年(慶長2年)と、度重なる伏見城の造営によって、東西4キロ、南北6キロの城下町が形成された。城下町の発展によって、人口は数万とも言われるほどに膨れ上がり、江戸・大坂・堺に次ぐ規模となる大都市へと発展した。徳川時代には、家康をはじめ、二代将軍・秀忠、三代将軍・家光が、伏見城で征夷大将軍の位を受けたことからも、政治の中心として重要な土地だったことがわかる。
伏見城内には、幕府首脳の五つの奉行の上屋敷(居住地)、その周囲には側近大名の上屋敷が所在し、さらに外周にはその他大名の下屋敷(別邸)が、城を取り巻くように居並び、整然とした美しい街並みを形成していた。高山右近も大名の一人として、「首都」伏見の城下町に屋敷を構えていたことが、古絵図から明らかになっている。
この伏見城時代の町割りや城の外濠の運河は、現在もほぼ同じような形で残っている。いにしえの史料に記された通りの名などから位置関係が特定しやすく、その現場に立って歴史事象に思いを馳せることができる。
『豊公伏見城ノ図』(太閤摂政関白太政大臣正一位豊臣朝臣秀吉公 泰平御代御旗本諸大名御屋敷図)、月桂冠大倉記念館・蔵。城下町の形成と共に、宇治川の堤を付け替えて道路を整備、城を囲むように街中に外濠が巡らされた。
城下町図に2か所の「高山右近」邸
豊臣秀吉時代の大名居住地や町家の広がりを描いた伏見の城下町図『豊公伏見城ノ図』には、大名屋敷として「高山右近」「高山右近長房」の2か所の記載が見られる。「高山右近」と記された大名屋敷は、現在の京都市伏見区「丹後町」に位置し、月桂冠本社の南側、月桂冠内蔵酒造場と月桂冠大倉記念館東側の、京都市立伏見南浜小学校、京都市立伏見南浜幼稚園と、宮内庁が管理する伏見松林院陵の西半分にかかる形で存在していた。城下町図を見ると、屋敷の回りが町家でぐるりと取り囲まれ、西側(現在の月桂冠大倉記念館側)から入り込む通路が描かれている。
「高山右近」と記された大名屋敷、周囲が町家で取り囲まれた不思議な一角。現在の京都市伏見区「丹後町」あたりに位置していた。
もう一方の「高山右近長房」と記された屋敷は、城下町の西端にあたる現在の京都市伏見区「下三栖東ノ口町」に位置していた。
「高山右近長房」と記された大名屋敷。現在の京都市伏見区「下三栖東ノ口町」、新高瀬川の東側[写真では対岸側]あたりに位置していた。
イエズス会「伏見教会」
伏見城下町図に「高山右近」と描かれた、京都市伏見区「丹後町」の敷地は、イエズス会の「伏見教会」であったことを、京都聖母女学院短期大学の名誉教授・三俣俊二氏が著書の中で推定されている。教会は、高山右近の従兄弟にあたるマルコ孫兵衛の名義で1604年(慶長9年)に建てられ、1614年(慶長19年)の禁教令により、焼き払われ破壊されるまで存在していた。主任司祭はアンジェリス神父だったことや、周囲が町家でぐるりと取り囲まれた引っ込んだ場所にあったことなどが、1614年のイエズス会年報に記されているという。将軍の許可がなかったために、キリスト教会活動への監視の目から逃れる目的で、一見、教会と判らないようカモフラージュされた不思議な一角となっていたようだ。
伏見教会が存在した当時(1604~1614)、高山右近は加賀の前田家の客将としてお預けの身だったが自由に行動でき、伏見奉行を訪問した記録や、伏見教会の名義人であるマルコ孫兵衛とやりとりした書状も残ると言われている。各地で教会の創建に関わり、伏見教会へも足繁く出入りしていたことから、城下町図の製作者が、「高山右近」の屋敷と表示したのではないかと三俣俊二氏は著書で推定している。
月桂冠本社から、「高山右近」の屋敷跡を俯瞰。城下町図に描かれた屋敷とそれをとり囲む「町家」は、月桂冠本社、浄土宗寺院の松林院、月桂冠大倉記念館駐車場、京都市立伏見南浜小学校、京都市立伏見南浜幼稚園と、宮内庁「伏見松林院陵」のあたりに該当する。その内、小学校と幼稚園の校庭あたりが、「高山右近」の大名屋敷、つまりイエズス会「伏見教会」の場所。
(主要参考文献)
- 三俣俊二「伏見キリシタン史蹟研究」聖母女学院短期大学伏見学研究会・編 『伏見の歴史と文化』(京・伏見学叢書1)清文堂出版(2003年)
(高山右近に関する参考図書)
- 海老沢 有道『高山右近』(人物叢書)〔新装版〕吉川弘文館(2009年)
- 嶋崎賢児『キリシタン大名高山右近の足跡を歩く―ゆかりの地写真集』三学出版(2014年)
- 中西裕樹・編『高山右近 キリシタン大名への新視点』宮帯出版社(2014年)
- フーベルト・チースリク『高山右近史話』聖母文庫(2012年)
- 古巣馨・著、カトリック司教協議会列聖列福特別委員会・監修『ユスト高山右近―いま、降りていく人へ』ドンボスコ社(2014年)
当コーナーに使用した意匠は、カトリック高槻教会(大阪府高槻市野見町2-26)の許可を得て、月桂冠が撮影した画像を含んでいます。