発酵が地球を救う!酒屋がつくるバイオエタノール
化石燃料の枯渇、CO2排出量の増加、世界的な食糧事情の悪化など、地球を取り巻く諸問題を解決するために、食用ではない植物性バイオマスからエタノールを生産する技術の開発が切望されています。そこで、月桂冠総合研究所は「中和処理が不要な亜臨界水による前処理」と「清酒酵母の細胞表層に麹菌の糖加水分解酵素を提示したスーパー酵母」という2つの革新的な技術を融合し、セルロースから直接エタノールを生産する新しい技術を開発しました。
なお、本研究は独立行政法人科学技術振興機構「革新技術開発研究事業」の支援を受け、東北大学、神戸大学、京都大学の研究者らと共に、2004(平成16)年から2006(平成18)年にかけて取り組みました。
研究テーマ 亜臨界水処理とスーパー酵母によるセルロースからのエタノール発酵
目的
化石燃料の枯渇防止・炭酸ガス排出量の削減・環境に優しい循環型社会の形成を目指し、植物バイオマスからエタノールを作ってガソリンに添加することが本格的に進められています。現在はトウモロコシやサトウキビのような食用可能な植物原料からのバイオエタノール生産が実用化されていますが、人口増加による食糧不足への危惧から、草・木・古紙等の食用としない植物原料からのエタノール生産技術の開発が求められています。しかし、このような非食用バイオマスからのエタノール製造においては、原料の分解・発酵にかかるコストが高くなることや、分解過程で使用する化学薬品による環境負荷が生じることなどが問題とされています。
そこで月桂冠総合研究所は、醸造環境で長年選抜されてきた醸造微生物(麹菌、清酒酵母)やその発酵技術をバイオエタノール生産へ利用すべく、微生物育種などの研究を進めてきました。スーパー酵母とは、清酒酵母に酵素タンパク質を細胞表層に自在に提示する「細胞表層工学」という技術を応用することで、従来にはない新しい機能を付与した微生物です。例えば、蛍光タンパク質を提示したスーパー酵母は細胞表面が光ります(図1)。
今回は、スーパー酵母技術と廃棄物の少ないバイオマス前処理として注目される「亜臨界水処理」を我々の発酵技術と融合することにより、セルロースを「水で分解」し「醸造微生物(スーパー酵母)で発酵」するという、非常にユニークなバイオエタノール生産プロセスの構築を目指しました(図2)。一方対象とするバイオマスには、「バイオマス・ニッポン総合戦略」でも挙げられているもみ殻や稲わらを選びました。特に、もみ殻については国内で年間200万トン発生しますが、堆肥、飼料として利用されているのは30%程度であり、残りの70%は廃棄されています。もみ殻や稲わらからのバイオエタノール生産が可能になれば、我が国のバイオマス有効利用に大きく貢献できるものと期待されています。
実験結果および考察
研究の成果
まず、麹菌由来のセルロース分解酵素(エンドグルカナーゼおよびβ-グルコシダーゼ)を清酒酵母の細胞表層に提示した株(スーパー酵母)を作製しました(図3)。
このスーパー酵母を、セロオリゴ糖が含まれるβ-グルカン溶液と混合し、30℃でエタノール発酵を行いました。その結果、2%(w/v)β-グルカンから24時間で1.0%(v/v)のエタノールを生産することができました(図4)。このようにして、スーパー酵母はセロオリゴ糖から効率よくエタノールを生産できることが示されました。
次に、もみ殻、稲わらからのエタノール生産を試みました。粉砕したもみ殻、稲わらを270℃、32MPaの亜臨界水で分解したところ、もみ殻で15%(w/v)、稲わらで8%(w/v)の可溶化液を得ることができました。この可溶化液に、スーパー酵母を懸濁させ、30℃で発酵試験を行ったところ、24時間でもみ殻可溶化液から0.12%(v/v)、稲わら可溶化液から0.15%(v/v)のエタノールを生産することができました(図5)。
研究成果のポイントとして、(1)高濃度セルロースを可溶化・低分子化する亜臨界水処理装置を開発したこと、(2)可溶化したセルロースから直接エタノール発酵ができるスーパー酵母を創生したことが挙げられます。これらの技術を融合することによって、硫酸や分解用酵素剤を使用することなく、もみ殻や稲わらのような非食用植物性バイオマスからのエタノール生産を可能にしました。
私たちの生活に身近な水を利用することで、廃棄物が少なく、装置もシンプルにできるため、本プロセスは、「Clean」で「Compact」なプラント設計を可能にします。さらに長年使用してきた醸造微生物の安全性から「Safety」という特徴も持ちあわせています。清酒酵母や麹菌の発酵産物は長い食経験を持ち、米国でもGRAS(Generally Recognized as Safe)として認知されており、糖加水分解酵素を提示したスーパー酵母は、麹菌の遺伝子を清酒酵母に組み入れただけの遺伝子組換体であるため安全性が高いと考えます。そのためスーパー酵母のバイオエタノール設備の国内各地への普及促進に大きく貢献するもの思われます。今回、スーパー酵母(セルラーゼ提示清酒酵母)を用いてセルロースからのバイオエタノール生産に成功しました。我々は、セルロース以外のバイオマス(デンプン、ヘミセルロース)から直接エタノール発酵が可能なスーパー酵母の作製にも成功しています。今後も我々が持っている清酒製造技術を活用して、さまざまなバイオマスをバイオエタノールへと変換する技術を開発し、エネルギー問題解決に貢献したいと考えています。
学会発表
- スーパー酵母によるバイオエタノール生産(1) ~麹菌セルロース分解酵素提示清酒酵母の作製~
農芸化学会(2006)
○坂東弘樹、小高敦史、佐原弘師、近藤昭彦、阿尻雅文、植田充美、秦洋二、安部康久 - スーパー酵母によるバイオエタノール生産(2) ~麹菌セルロース分解酵素提示清酒酵母によるエタノール発酵~
農芸化学会(2006)
○小高敦史、坂東弘樹、佐原弘師、近藤昭彦、阿尻雅文、植田充美、秦洋二、安部康久 - スーパー酵母によるセルロースからのバイオエタノール生産(1) ~亜臨界水による前処理技術の開発~
農芸化学会(2008)
嘉屋正彦、○佐原弘師、南公隆、大原智、梅津光央、阿尻雅文、近藤昭彦、植田充美、秦洋二 - スーパー酵母によるセルロースからのバイオエタノール生産(2) ~細胞表層提示効率向上によるスーパー酵母のセルラーゼ活性の強化~
農芸化学会(2008)
○小高敦史、坂東弘樹、阿尻雅文、近藤昭彦、植田充美、秦洋二 - スーパー酵母によるセルロースからのバイオエタノール生産(3) ~亜臨界水処理したセルロース原料からの直接エタノール発酵~
農芸化学会(2008)
嘉屋正彦、坂東弘樹、小高敦史、佐原弘師、阿尻雅文、近藤昭彦、植田充美、○秦洋二 - 細胞表層工学を用いた清酒酵母によるバイオエタノール生産(1)-清酒酵母の表層提示宿主としての評価-
農芸化学会(2004)
○佐原弘師、黒田浩一、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、植田充美 - 細胞表層工学を用いた清酒酵母によるバイオエタノール生産(2)-麹菌グルコアミラーゼ提示酵母によるエタノール発酵-
農芸化学会(2004)
○小高敦史、佐原弘師、白神正三郎、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、植田充美 - 細胞表層工学を用いた清酒酵母によるバイオエタノール生産(3)-麹菌アラビノフラノシダーゼ提示酵母の作製-
農芸化学会(2004)
○久田博元、佐原弘師、松村憲吾、小畑浩、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、植田充美 - 清酒酵母細胞表層工学系におけるキシランの効率的分解
農芸化学会(2005)
○坂東弘樹、佐原弘師、小高敦史、秦洋二、川戸章嗣、安部康久、近藤昭彦、植田充美
論文
- Direct Ethanol Production from β-glucan by Sake Yeast Displaying Aspergillus oryzae β-Glucosidase and Endoglucanase. J. Biosci. Bioeng., 105, 622-627 (2008)
Kotaka A., Bando H., Kaya M., Kato-Murai M., Kuroda K., Sahara H., Hata Y., Kondo A., Ueda M. - Efficient and Direct Fermentation of Starch to Ethanol by Sake Yeast Strains Displaying Fungal Glucoamylases. Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1376-1379 (2008)
Kotaka A., Sahara H., Hata Y., Abe Y., Kondo A., Kato-Murai M., Kuroda. K., Ueda M.
出版
- バイオマスの糖化・超臨界の利用 エコバイオエネルギーの最前線 -ゼロエミッション型社会を目指して- (シーエムシー出版)21-26 (2005)
阿尻雅文、名嘉節、梅津光央、大原智、佐々木満、秦洋二、佐原弘師、高見誠一
参考文献
- Dissolution and Hydrolysis of Cellulose in Subcritical and Supercritical Water. Ind. Eng. Chem. Res., 39, 2883-2890 (2000)
Sasaki M., Fang Z., Fukushima Y., Adschiri T., Arai K. - Cell surface engineering of yeast: construction of arming yeast with biocatalyst. J. Biosci. Bioeng., 90, 125-136 (2000)
Ueda M., Tanaka A.
(掲載日:2008年3月28日)