月桂冠総合研究所

月桂冠総合研究所について

概要

所在地
  • 総合研究所・製品開発課
    〒612-8385 京都市伏見区下鳥羽小柳町101番地
所長
石田 博樹
人数
18名(2021年9月現在)

沿革と取り組み

月桂冠の研究所の創設は古く、1909(明治42)年にさかのぼります。11代目の当主・大倉恒吉は、それまで杜氏まかせだった酒造技術に科学的管理を導入する必要性を痛感。東京帝国大学と大阪高等工業学校卒の2人の技術者を採用し、大倉酒造研究所を設置しました。1982年、創業345年(会社設立55周年)を記念し、規模を拡大した現在の建物に移り、その後、1990年に名称を「月桂冠総合研究所」としました。
月桂冠総合研究所では、品質安定向上を目指した「品質第一主義」を掲げ、酒造り全般にわたる基礎研究を行うと共に、常に革新性・創造性をもって幅広い技術開発や商品開発に挑戦してきました。近年では、日本酒で初めての「糖質ゼロ」を開発するだけでなく、ノンアルコール日本酒、これまでにない果実のような香味の日本酒の開発にも取り組んでいます。最近では、実験的に製造した日本酒を、試作の段階で世に出すプロジェクトにも挑戦しています。

最新の研究成果はこちら

映画「品質第一主義~月桂冠・大倉酒造研究所物語~」

研究所の変遷

研究所の変遷を見ると、清酒醸造の現場と研究とのつながりを重視して、主力の酒蔵構内に研究所を設置し、先端科学を醸造に応用するという研究体制を確立してきたことがわかります。

大正初期の北蔵

1909(明治42)年

品質安定と向上のため、北蔵の構内に「大倉酒造研究所」を創設。これが月桂冠の研究所の始まりとなる。

1913(大正2)年

研究のための蔵として機能していた大賞蔵にも新たに研究所を設けた。

昭和初期の昭和蔵分析室

1927(昭和2)年

日本初の冷房付き鉄筋コンクリート造りの「昭和蔵」が竣工。1929年、蔵に隣接して分析室兼事務所を設置した。各蔵のもろみ、製品は、ここで一括して分析を行うようになった。

1939(昭和14)年

大賞蔵にあった研究所の建物を昭和蔵へ移築し、社内の研究機関を一箇所にまとめた。このころ「麹の酵素に関する研究」論文などを学会誌に発表する一方、技術管理、品質管理の機能も果たすようになった。

研究所を新築

1982(昭和57)年

日本初の四季醸造蔵「大手蔵」構内に研究所を新築。このころから、新規醸造方法の開発や、分子生物学を基礎とした新しい酵母の育種方法に着手した。

1990(平成2)年

「月桂冠総合研究所」と名称を改め、1987年に新築した昭和蔵の「検査開発センター」と両輪で、醸造微生物・醸造副産物などの研究から、新商品開発までの幅広いテーマに取り組む。

映画「品質第一主義~月桂冠・大倉酒造研究所物語~」

1907(明治40)年、大蔵省醸造試験所の技官・鹿又親(かのまた・ちかし)氏が月桂冠北蔵(京都市伏見区下板橋町)に派遣され、2カ月の間、醸造の実態調査を実施しました。調査の際、11代目の当主・大倉恒吉は鹿又氏と酒造技術の課題について熱心に議論し、さまざまな学理的知識に接することができました。それは幼少期から実地の作業の厳しさを体験し、技術改良の必要性を痛感していた恒吉にとり、醸造技術の近代化をめざす決定的動機となりました。恒吉は鹿又氏と親密に交流するようになり、直接間接に好意ある援助や忌憚のない助言を受けました。そのことが刺激となって研究所創設を着想しました。
研究所創設に向け1908年11月、北蔵構内の木造酒蔵に囲まれた中央に薄緑色のモダンな外観の洋館を上棟、同年12月に鹿又氏の紹介で、東京帝国大学卒業の農学士・濱崎秀(はまざき・ひで)を採用、翌1909年1月10日に「大倉酒造研究所」を開設しました。酒造りへの科学技術の導入を進め、「防腐剤なしのびん詰酒」開発などの成果により、酒の品質向上を成し遂げました。そのことが、「品質第一」を重んじて酒造りを続ける原点となりました。

タイトル:映画「品質第一主義~月桂冠・大倉酒造研究所物語~」(全篇13分)
企画:月桂冠株式会社、制作:グループ現代、制作年:2014年

「前半:品質向上篇」(再生時間:6分50秒)
11代目・大倉恒吉が、「品質第一主義」をかかげて日本酒メーカー初の研究所創設に至った経緯を紹介しています。

「後半:建物篇」(再生時間:6分30秒)
初代・大倉酒造研究所および北蔵の建築物としての価値について、さらに革新性・創造性に基づいた「品質第一主義」の伝統について紹介しています。