月桂冠総合研究所
研究内容
美と健康の研究

酒「粕」も百薬の長 酒粕×乳酸菌で4つの効果

酒「粕」も百薬の長 酒粕×乳酸菌で4つの効果

月桂冠総合研究所は、酒粕に含まれる成分の血圧を下げる効果や、物忘れを防ぐ効果についてこれまで報告してきました。
今回は、この酒粕を乳酸菌で発酵させて作成した新たな食品素材について、各種の機能性を確認しました。この乳酸菌発酵酒粕にはペプチド、アミノ酸、有機酸などが多く含まれています。さらに、マウスやラットを用いて摂取試験を行った結果、(1)肥満の抑制、(2)血中脂質代謝の改善、(3)物忘れの軽減、(4)抗がん剤による脱毛の緩和、以上4つの効果が認められました。

研究テーマ 酒粕を乳酸菌で発酵させた新規食品素材の機能性評価

実験目的

微生物の働きによって作られる醸造食品は、長年、食されており、安全性の高いことが経験的、科学的に確かめられています。微生物を使って食品を醸造することにより、栄養分を吸収されやすくする、風味をよくする、保存性を向上させる、あるいは、アルコール発酵のように人に酔いをもたらしたりします。一方、近年これらの醸造食品には、健康に関係する成分が多数含まれていることが科学的に確かめられ、機能性食品としての可能性が注目されてきました。
月桂冠総合研究所では、伝統の醸造技術と最新の科学技術を利用し、醸造食品からよりQOL(Quality Of Life)を高める新しい食品を開発することを目指しています。これまでに日本酒の醸造副産物である酒粕には、コレステロールや血圧を下げる効果や物忘れを防ぐ効果や生理活性成分が認められることを報告してきました(参考文献1~5、参考書籍1)。
酒粕の中でも、米を液状にしてから仕込む方法で得られた酒粕を、液化粕と呼んでいます。当社の液化粕は、1992年に独自の醸造の液化仕込み法として実用化した「融米造り」の副産物として得られるもので、乾燥液化粕には原料米由来のタンパク質が60%以上も含まれます。これは、蒸米を用いる通常の仕込みで得られた酒粕に比べ、約2倍にあたります(図1)。

図1 乾燥酒粕中の粗タンパク質含量
図1 乾燥酒粕中の粗タンパク質含量

当研究所では、この液化粕を植物性タンパク質源に富む新たな機能性食品素材の実用化を進めています(参考文献6)。
今回は、液化粕を乳酸菌で発酵させることにより、既存の生理活性成分の生成量が増加し、さらに新たな機能性が生み出されることを期待し、各種機能性評価試験を行いました。

実験結果および考察

乳酸菌発酵液化粕の作成

液化粕の発酵に用いる乳酸菌は、発酵力が強く、発酵後の風味が良いことを指標に植物性発酵食品の中からスクリーニングしました。最も適性の高かった菌を、糖の資化能および16SrRNAシーケンス解読にて同定した結果、乳酸菌Lactobacillus brevisの一種であることが分かり、GKS-KN2株と命名しました。このGKS-KN2株を、加熱滅菌処理をした液化粕と水の混合液に加えて35℃で48時間発酵させました。その結果、発酵液中のペプチド、アミノ酸、有機酸が発酵前に比べて著しく増加することが分かり、有益な成分を増やすことに成功しました(図2)。これは、乳酸菌の活動によって、液化粕の分解および特異的な物質の生産や変換が起こったためと考えられます。

図2 乳酸菌発酵による液化粕の成分変化
図2 乳酸菌発酵による液化粕の成分変化(mg/ml)

マウスやラットを用いた機能性評価

(1)肥満抑制効果【高糖食摂取試験】

C57BL/6Jマウスを3群に分け、10週間それぞれの飼料と水道水を自由摂取させました。10週間の体重の変化を調べた結果、コントロール群の体重が7日目からブランク群に対して増加していくのに対して、乳酸発酵液化粕群では高糖食摂取による体重増加の抑制傾向が試験期間中認められました(図3)。試験終了後、腹腔内白色脂肪組織の蓄積を調べた結果、コントロール群では脂肪が著しく蓄積し、肥満状態であることが確認されました。これに対して乳酸発酵液化粕群では、脂肪の蓄積はブランク群と同程度でした。
この結果から、体重増加が抑制されたのは、脂肪組織の蓄積が抑制されているためと推測されました。

図3 高糖食摂取試験における体重変化
図3 高糖食摂取試験における体重変化

ブランク群:一般飼料100%
コントロール群:一般飼料50% + フルクトース40% + カゼイン10%
乳酸発酵液化粕群:一般飼料50% + フルクトース40% + 乳酸発酵液化粕エキス10%

(2)血中脂質代謝改善効果【高脂肪食摂取試験】

ICRマウスを3群に分け、3週間それぞれの飼料と水道水を自由摂取させました。血清中性脂肪の経時変化を測定した結果、コントロール群は14日目以降に中性脂肪が増加したのに対し、液化粕および乳酸発酵液化粕摂取群は中性脂肪の上昇が認められませんでした。特に21日目の値を比較すると、乳酸発酵液化粕摂取群の値は、コントロール群に対して有意に低下していました(図4)。液化粕の血中脂質改善効果に加え、乳酸菌で発酵させたことでより血清中性脂肪の上昇抑制効果が高まることが分かりました。

図4 高脂肪食摂取試験における血清中性脂肪の変化
図4 高脂肪食摂取試験における血清中性脂肪の変化

コントロール群:一般飼料60% + 牛脂20% + グルコース10% + カゼイン10%
液化粕群:一般飼料60% + 牛脂20% + グルコース10% + 液化粕10%
乳酸発酵液化粕群:一般飼料60% + 牛脂20% + グルコース10% + 乳酸発酵液化粕10%

(3)健忘症抑制効果【水迷路学習記憶試験】

一時的に記憶障害を引き起こす薬品を投与した健忘症誘発モデルマウスを用いて、プラットホーム式水迷路遊泳試験により検討を行いました。獲得試行によりプラットホーム迷路を学習させたマウスに対し、コントロール群では生理食塩水を、乳酸発酵液化粕群では乳酸発酵液化粕エキス(3g/kg)を経口投与しました。その60分後にスコポラミン(2mg/kg)を皮下投与し、学習記憶力の維持の程度を比較するため、テスト試行をスコポラミン投与30分後(テスト試行1)と40分後(テスト試行2)を行いました。学習記憶力は、プラットホームに到達するまでの遊泳時間で評価しました。テスト試行の結果、コントロール群において、獲得試行に比べて到達時間は有意に延長し、スコポラミン投与による健忘症の誘発が認められました。一方、乳酸菌発酵液化粕エキスを投与した群でも、スコポラミン投与により到達時間は延長しましたが、コントロール群のテスト試行と比較した結果、到達時間が有意に短縮されていました(図5)。以上より、乳酸菌発酵液化粕エキスは、健忘症による学習記憶力の低下を軽減することが期待できます。

図5 水迷路試験における学習記憶力の変化
図5 水迷路試験における学習記憶力の変化

(4)脱毛緩和効果【抗がん剤発毛阻害試験】

体毛がまだ生えていない生後8日目のSDラットに、ブランク群では生理食塩水を、コントロール群には抗がん剤であるシトシンアラビノフラノシド(30mg/kg)を、乳酸発酵液化粕群にはシトシンアラビノフラノシドと乳酸菌発酵液化粕エキス(500mg/kg)を7日間連続腹腔内投与しました。結果、抗がん剤を投与していないブランク群では7日間で完全に毛が生えたのに対し、抗がん剤を投与したコントロール群ではほとんど発毛が認められませんでした。一方で、乳酸発酵液化粕群では抗がん剤を加えたにも関わらず、7日間でコントロール群よりも多い発毛が認められました(表1)。以上より、乳酸菌発酵液化粕エキスには抗がん剤の発毛阻害や脱毛を緩和する成分が含まれていることが示唆されました。

表1 抗がん剤投与7日目の発毛の比較

ブランク群 コントロール群 乳酸発酵液化粕群
毛の生えている範囲 +++++ ++

以上のように、乳酸菌発酵酒粕には、マウスやラットでの肥満防止や脂質代謝の改善、物忘れの軽減、抗がん剤の副作用を緩和する効果が期待できることを確かめました。これらの結果から、酒粕を乳酸菌で発酵させることで、従来に見る機能性の向上だけでなく、新たな機能が加えられたものと考えています。今後は、ヒトでの効果を確認し、さらに、この乳酸菌発酵酒粕を用いて健康に関係する機能性を持った醸造食品の研究開発を進めていきたいと思います。

学会発表

  • 植物性乳酸菌で発酵させた酒粕のin vivo機能性評価、日本農芸化学会大会(2007)
    ○鈴木佐知子、大浦新、入江元子、秦洋二、安部康久
  • 酒粕を植物性乳酸菌で発酵させた新規食品素材の機能性、日本栄養・食糧学会大会(2007)
    ○鈴木佐知子、大浦新、入江元子、秦洋二、安部康久
  • 植物性乳酸菌で発酵させた酒粕の新規機能性、日本醸造学会大会(2007)
    ○大浦新、鈴木佐知子、入江元子、秦洋二、安部康久

参考文献

  1. 酒粕がラットのコレステロール代謝に及ぼす影響、日本農芸化学会誌 1997;71(2):137-143
    芦田優子、斉藤義幸、川戸章嗣、杉並孝二、今安聰
  2. Structure and Activity of Angintensin I Converting Enzyme Inhibitory Peptides from Sake and Sake Lees, Biosci Biotechnol Biochem. 1994;58(10):1767-1771
    斉藤義幸、和根崎圭子、川戸章嗣、今安聰
  3. Prolyl Endopeptidase Inhibitors in Sake and Its Byproducts, J Agric Food Chem. 1997;45(3):720–724
    斉藤義幸、大浦新、川戸章嗣、杉並孝二
  4. 清酒および副産物の機能性と生理活性成分、生物工学会誌 2003;81(12):514-516
    大浦新
  5. 醸造食品の機能性-ポストゲノムと機能性研究、生物工学会誌 2006;84(9):355-357
    秦洋二
  6. 素材レポート 高血圧を予防する新素材「酒粕ペプチド」、食品と開発 2006;41(1):59-61

参考書籍

  1. 「発酵・醸造食品の最新技術と機能性」監修 北本勝ひこ CMC出版(2006)