研究内容

モモの香りのする日本酒は辛いものと相性抜群!?
-カプサイシンを含む様々な食品との食相性試験を検証-

カプサイシン

研究背景

ヒトは食品を口に入れた際、さまざまな食品の成分が混ざり合って生じる複数の刺激と感覚の相互作用によって、おいしさを感じます。辛味については研究が進んでおり、痛みや熱の受容体(TRPV1*)にカプサイシンが作用することで、辛みを感じます1)。他方、モモの香りがするγ-ノナラクトン(以下、ラクトン)もこの受容体に対して競合して作用するため、結果的にカプサイシンの辛味を緩和することが報告されています2,3)
ところで、日本酒にはごく微量のラクトンが含まれていること知られていましたが、月桂冠では独自の技術によりラクトンを多く含む日本酒の開発に成功しています。そこでラクトン高含有日本酒にも、辛味を緩和させる効果があるかを検証するため、カプサイシンを含む食品との食相性試験を行いました。

*TRPV1(トリップ・ブイワン)受容体は、粘膜を含む皮膚に広く存在するイオンチャネル。カプサイシンだけでなく、熱や痛みなどの信号を感覚神経経由で脳に伝える機能を持つ。2021年にノーベル生理学・医学賞を受賞した、ホットな研究分野。

ラクトン高含有日本酒による辛味緩和の検証

まず、カプサイシンとラクトンは実際の飲食シーンを想定し、十分にモモの香りがするサンプル日本酒(ラクトン濃度100ppb)と、おつまみを想定した“唐辛子をまぶしたスルメイカ干物”で試験を行いました。鼻をつまんで香りを感じない状態にして食相性試験をしたところ、ラクトンを含まない対照日本酒に比べて、ラクトン高含有日本酒の方が、わずかに辛さが弱くなる傾向が見られました。また、鼻をつままない自然な状態での試験では、ラクトン高含有日本酒の方がさらに辛さが弱くなりました。ラクトンが鼻だけでなく、口腔内に存在する受容体にも競合的に作用したために、さらに辛味強度が弱くなったと推察しました(下図)。

グラフ:飲酒前後の辛さ評価
グラフ:飲酒前後の辛さ評価

つぎに、同じラクトン高含有日本酒と、カプサイシンを含む各種食品(辛口カレー、台湾麻辣、ユッケジャン、グリーンカレー、ガパオおよびチリコンカン)との食相性評価を行いました。また食品の辛味低減効果を数値で評価するために、辛味の強度と持続時間をTI法で測定し、「(辛味が緩んだから)次の一口が食べたくなるまでの時間」を評価しました(下図)。

*TI法(Time Intensity、時間強度曲線法)とは、知覚される感覚強度の時系列的変化を測定する方法。アンケートでは定量しにくかった、辛さの持続時間などが定量できる。

グラフ:食相性評価
グラフ:食相性評価
グラフ:次の一口が食べたくなるまでの時間
グラフ:次の一口が食べたくなるまでの時間

食相性評価の結果、対照日本酒に比べてラクトン高含有日本酒は、カプサイシンを含む各種食品と相性が良さそうでした。また、TI法の結果より、ラクトン高含有日本酒は対照日本酒に比べ、「(辛味が緩んだから)次の一口が食べたくなるまでの時間」が短い傾向がみられました。この結果は、唐辛子をまぶしたスルメイカ干物の試験結果と同様にカプサイシンの辛味を和らげ、その結果ラクトン高含有日本酒はカプサイシンを含む辛い食品と相性が良くなったと考えられます。
ラクトン類は食品中で香りだけでなく味やコクにも寄与4)していると言われ、今後も“モモの香りのする日本酒”と相性のよい食品を探索・検証していく予定です。

※なお本研究成果は、日本醸造学会若手シンポジウム(2024)で醸造イノベーション賞」を受賞しています。

学会発表

カプサイシンを含む食品とγ-ノナラクトン高含有清酒の食相性試験、〇北口あやの、浅井良樹、大石麻水、戸所健彦、石田博樹、日本醸造学会若手シンポジウム(2024)

ニュースリリース

とうがらしを含む辛い食品とも相性のよい桃の香りの日本酒研究-カプサイシンを含む食品とγ-ノナラクトン高含有日本酒の食相性試験-(2024年10月17日:ニュースリリース)

参考文献

  • 1) Caterina M J, et al., "The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway", Nature. 389(6653):816-824 (1997) doi: 10.1038/39807.
  • 2) Ogawa et al., "Agonistic/antagonistic properties of lactones in food flavors on the sensory ion channels TRPV1 and TRPA1", Chem Senses., 47:bjac023. (2022) doi: 10.1093/chemse/bjac023.
  • 3) Tobita et al., "Sweet scent lactones activate hot capsaicin receptor, TRPV1", Biochem. Biophys. Res. Commun. 534:547–552 (2021) doi: 10.1016/j.bbrc.2020.11.046.
  • 4) SODA AROMATIC Co., Ltd. Website:
    https://www.soda.co.jp/business/synthetic/syn_001.html

(掲載日:2024年11月15日)