月桂冠総合研究所
研究内容
バイオの研究

麹菌を用いたPET(難分解性プラスチック)分解酵素の生産
-奈良先端大との共同研究、お酒造りで培った技術で環境問題を解決する-

研究背景

ペットボトルに使われるPET(樹脂)は、原料であるエチレングリコールとテレフタル酸から合成され、これらが無数に重合したもので、その強固さから衣服の原料としても利用されていますが、自然界においては非常に分解されにくいプラスチック(難分解性プラスチック)として知られています。これまでPETを分解することができる微生物Ideonella sakaiensis(イデオネラ・サカイネシス)が自然界から分離され、PETaseとMHETaseの2つの酵素でPETを原料まで分解できることが明らかにされてきましたA)。しかしながら、PETaseとMHETaseの大量生産については検討がなされていなかったことから、奈良先端科学技術大・吉田昭介教授らの研究グループと共同で取り組むこととしました。

Ideonella sakaiensisのPET分解酵素の麹菌での生産検討

お酒造りで用いられる麹菌はタンパク質生産力が高いことから、麹菌を宿主としました。はじめにPETaseとMHETaseをコードする遺伝子を麹菌に組み込み、酵素生産性を検討しましたが、生産を観察することはできませんでした。I. sakaiensisの遺伝子をそのまま麹菌に導入したところ、予期しないスプライシングやpolyA付加などが起きたため、正常なmRNAが形成されず、結果的に酵素タンパク質が生産されなかったことがわかりました(図1)。

図1:遺伝子の工夫と酵素タンパク質生産のイメージ
図1:遺伝子の工夫と酵素タンパク質生産のイメージ

そこで、麹菌で正常なmRNAが形成されるように、遺伝子を工夫したところPETaseとMHETaseは共に生産性が向上しました。遺伝子の工夫とは、I. sakaiensisの言葉を麹菌の言葉に置き換えるようなイメージです。このように改変することにより、生産を確認することができました(図2)。

図2:ウエスタンブロッティングによる生産検証(イメージ)
図2:ウエスタンブロッティングによる生産検証(イメージ)

PETaseとMHETaseをそれぞれ麹菌で生産した。 MHETaseは想定通りの大きさであったが、PETaseは想定より大きかった(青矢印)。

高活性型PET分解酵素の生産検討

麹菌でPETaseとMHETaseを共に生産することができたものの、PETaseについては想定よりも低い酵素活性でした。生産したPETaseが対照と比較して大きかったこと、糖鎖消化処理により対照に近い大きさになったことから、生産されたPETaseには糖鎖が付加されていることがわかりました(図2)。糖鎖が付加されたPETaseは、糖鎖が邪魔をして基質であるPETフィルムに近づきにくくし、その結果みかけの活性が低くなるという「低活性型」PETaseという仮説を立てました(図3)。

図3:「低活性型」と「高活性型」PETaseの仮説(イメージ)
図3:「低活性型」と「高活性型」PETaseの仮説(イメージ)

酵素タンパク質(だけのもの)は、刃の部分がPETフィルムに密着し切断する(赤矢印)。糖鎖が付加したものは、糖鎖が邪魔をして、PETフィルムに密着しにくくなる(青矢印)。その結果、酵素タンパク質の部分は同じでも、見かけ上「低活性型」になると仮説を立てた。

そこで、糖鎖除去された酵素を生産する工夫をした麹菌育種をするために、Hypocrea jecorina由来endoT遺伝子(糖鎖切断酵素をコードする遺伝子)B)を導入しました。この育種した麹菌では、大幅に糖鎖が減少したPETaseを生産できることがわかりました(図4)。MHETaseとPETaseを含む麹菌培養液でPET樹脂に近いPETフィルム分解活性を評価したところ、「高活性型」は9倍以上の分解活性を示すことが明らかとなりました。

図4:「低活性型」と「高活性型」PETaseの酵素活性比較(イメージ)
図4:「低活性型」と「高活性型」PETaseの酵素活性比較(イメージ)

安定で高活性なPET分解酵素「FAST-PETase」の生産検討

近年、機械学習により改良されたPETase(FAST-PETaseと命名)が報告されていますC)。FAST-PETaseは、PETaseと比較して、熱に対する安定性と共に、分解活性などが向上した特長を持っています。そこで、これまで開発してきた「麹菌で正常なmRNAが形成されるように遺伝子を工夫する技術」と「糖鎖除去する麹菌の育種技術」を組み合わせて、FAST-PETaseを生産させました。得られたFAST-PETaseを用いてPETフィルムに作用させたところ、14日目でほぼ分解されることが明らかとなりました(図5)。このFAST-PETaseにより、最も分解しにくいとされるPET樹脂についても部分分解できました。

図5: PETフィルムの分解評価
図5: PETフィルムの分解評価

直径6mmのPETフィルムに精製したFAST-PETaseを作用させた。

今後は培養最適化検討により、FAST-PETaseの生産性を高め、PET樹脂リサイクル実用化に貢献する予定です。

謝辞

本研究で用いたH. jecorina由来endoT遺伝子については、九州大学・樋口裕次郎准教授からご提供頂きました。この場を借りて深く御礼申し上げます。

用語

PETとはpolyethylene terephthalateの略。ポリエステルの一種として知られる。テレフタル酸とエチレングリコールを原料として化学合成される。PETaseは、PETを分解してMHET(methyl-(2-hydroxyethyl) terephthalateの略)などに分解する。MHETaseはMHETをテレフタル酸とエチレングリコールに分解する。

学会発表

  • 1)「麹菌Aspergillus oryzaeによるPET分解酵素の異種発現」、○戸所健彦1,伊出健太郎1,南はつね2,河野恵美2,小高敦史1,吉田昭介2,石田博樹1(1月桂冠・総研,2奈良先端大)、2022年度日本農芸化学会大会
  • 2)「コドン最適化による、麹菌Aspergillus oryzaeによるIdeonella sakaiensis由来PET分解酵素の異種発現」、○伊出健太郎1,戸所健彦1,佐貫理佳子3,南はつね2,河野恵美2,小高敦史1,吉田昭介2,石田博樹1(1月桂冠・総研,2奈良先端大,3京工繊)、2022年度日本生物工学会大会
  • 3)「麹菌Aspergillus oryzaeによる耐熱型PET分解酵素の発現」、○戸所健彦1,伊出健太郎1,佐貫理佳子3,河野恵美2,吉田昭介2,石田博樹1(1月桂冠・総研,2奈良先端大,3京工繊)、2023年度日本生物工学会大会

参考文献

  • A)Yoshida S. et al., Science (2016), doi: 10.1126/science.aad6359.
  • B)Li Q. et al., J Biosci Bioeng (2020), doi: 10.1016/j.jbiosc.2019.12.006.
  • C)Lu H. et al., Nature (2022), doi: 10.1038/s41586-022-04599-z.

※所属・肩書・役職等は掲載日のものです。

(掲載日:2024年7月16日)