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黄麹菌▲日本の酒造りに用いる黄麹菌

東アジアの酒
風土と文化により育まれた、各地域固有の発酵文化

酒の産業を知る - 世界の酒

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世界の酒の中で、日本を含む東アジア一帯は「麹の酒」圏と位置付けられています。同じ「麹の酒」の圏内でも、地域により麹の形状や麹菌の菌種が異なります。中国やタイ、フィリピンでは、くものすカビや毛カビをはじめ様々な種類の微生物が混在して繁殖した「餅麹」(もちこうじ)が用いられます。日本では黄麹菌のみを選択的に繁殖させた「ばら麹」を用います。
麹の形状は食文化と関係しています。中国では麦や雑穀類を粉にして常食されるようになり、それが東南アジア各地に伝わったこと、一方、日本では加熱した米粒をそのまま常食することが早くから定着したことなどの影響によるようです。

中国の「餅麹」、日本酒の「ばら麹」(右)▲中国の「餅麹」、日本酒の「ばら麹」(右)

麹の形状と菌種の違い

デンプンを糖化させるのに、こうじを使うのは東アジアの酒の共通点であり特徴です。しかも、ほとんどの地域では、生のままの穀物を粉状にし、少量の水を加え、だんご状または煉瓦状に練り固め、これを放置して自然に菌を増やし、乾操させた「餅麹」タイプです。ただ、中国の麹(曲)、タイのルクパン、フィリピンのラギー、ヒマラヤのマルチャなど、国や地方によってその呼び名が違い、そのつくり方や菌の種類も多少異なっています。 こうした「餅麹」には、くものすカビ(Rizopus sp.)や毛カビ(Mucor sp.)をはじめいろいろな種類の微生物が混在しています。これに対し、日本では、蒸した米粒に黄麹菌(Aspergillus oryzae)のみを選択的に繁殖させる「ばら麹」が使われています。同じ東アジアにありながら、なぜ日本だけが黄こうじ菌のみを使うようになったかについては、最近の調査研究の結果から次のように考えられています。

東アジアで起こった醸造酒の原始的な方法では、もともと「ばら麹」が利用されていましたがその後、中国北部では麦や雑穀類を粉にして常食するように変ったため、酒づくりの麹も穀物を生のまま破砕、それを練り固めた「餅麹」タイプに変り、これが東南アジア各地へ伝わっていったと考えられています。しかし、島国の日本では加熱した米粒をそのまま常食することが早くから定着したため、酒づくりのこうじも、その後幾多の改良進歩を経ながら「ばら麹」のまま今日に至りました。

この麹のタイプの違いが、それに生育する菌の種類をも変えてしまいました。「餅麹」のような生の穀粉に繁殖するのは、タンパク分解力の弱いくものすカビであり、一方日本の「ばら麹」のように、加熱してタンパクが変化した蒸米ではタンパク分解力の強い黄こうじ菌の方が優勢に繁殖します。

また多量の酸素を必要とする黄麹菌の生長には、表面積の大きい粒状の「ばら麹」のほうがよく、また日本の麹造りではその途中でよく攪拌するのに対し、だんご状や煉瓦状に固められた「餅麹」では酸素が不足するため、くものすカビや毛カビが主体となると考えられています。この菌の違いが、醸造法全体にも大きく影響、東アジアの中で、特に日本の酒づくりが複雑で精緻な方向へと進むことになったと考えられています。

二昼夜かけて、できあがった麹▲できあがった麹。日本の酒造りには、蒸米に黄麹菌を繁殖させた「ばら麹」を用いる

固体発酵と並行複発酵

東アジアの酒は固体発酵が特徴となっています。日本酒の発酵でも、固体発酵の特徴が見られます。日本酒は蒸した米(蒸米=むしまい)を使って仕込みます。原料の米(うち約2割の麹用の米を含む)の総量を100とすると、120%にあたる仕込水を加えて発酵させます。このように水を十分加えて仕込みますが、加えた水は一昼夜で全て蒸米に吸収されて膨潤し、全体が一様に固体状となります。蒸米は溶解と発酵が進むにつれて次第に液状化していきます。液状化の過程では、米のデンプンの糖への分解(糖化)と、糖のアルコールへの発酵が同時に進みます。この発酵方式は並行複発酵と呼ばれています。

仕込み水が蒸米に吸収され固体状になった酒もろみ▲仕込み水が蒸米に吸収され固体状になった酒もろみ

三大醸造酒における東アジアの酒の位置付け

数多い世界の醸造酒の中で,東アジアの酒はとくに大きな特徴を持っています。ワイン、ビール、日本酒という最も代表的な世界の三大醸造酒の醸造法を比較しながら説明します。

ワインの場合は、原料のブドウ果をつぶし、果汁(糖液)にすると、もともと果皮についていた酵母によって自然に発酵し、酒になります。この単純な発酵を「単発酵」と呼びます。
ビールの場合は、まず大麦を発芽させて麦芽とし、これに湯を加えて、糖化させ残った固形物を濾別し、麦汁(糖液)をつくります。これに酵母を加えて発酵させます。
このように糖液づくりとアルコール発酵の二段の工程となるため「複発酵」と呼ばれています。ワインやビールなど、西欧の醸造酒はいずれも、液体の状態から発酵が始まります。一方、東アジアの酒はすべて固体のままで発酵するというところが大きな違いです。

「醸造酒」の3つの発酵方式

最近の調査研究の結果、稲の原産地は中国の雲南省からインドのアッサムに及ぶ照葉樹林帯であるとされています。この地域でつくられている酒は、ヒエ、アワ、ムギ、米などの穀粒を、茹でたり、蒸したりした後、竹むしろの上でさまし、白い麹を加え、水は全く加えず、竹駕籠やカメなどに入れてそのまま発酵させます。「チャン」とか「トンパ」と呼ばれるパサパサした固体の酒です。

雲南省のアシ族は、この酒をそのまま箸でつまんで食べヒマラヤ地帯の人々はこれを「ピトム」と呼ぶ太い竹筒の中につめ、熱湯を注ぎ溶け出した液体を細い竹のストローで飲みます。この原始的な醸造法こそ、東アジアの酒の源流で、B.C.2~3世紀、稲作複合文化の一つとして、日本へも伝播したと考えられています。最近の遺伝子による調査から、長江下流を稲作起源地とする説もあります。

「マオタイチュウ」「フエンチュウ」などという中国の代表的な蒸留酒は、現在も、穀物や豆類を蒸し、これに煉瓦状の麹を砕いて加え、水は加えずに発酵させ、できたパサパサの固体を蒸留します。しかし、水の豊富なタイ南部や中国の江南地帯の「紹興酒」、さらに日本の「清酒」ともなると、たっぷりと水を加えたうえで発酵させるように変わっていきました。

ただ、水を加えるようになっても、仕込み後ほぼ一昼夜を経過すると加えた水はすべて蒸米に吸収されてしまい、カメや壷の中身全体は軟らかい固体となってしまいます。これが麹菌の作用で、徐々に液化され糖化されていき、さらに酵母によってアルコールに変えられ、2割ほどの未分解の酒粕を残し、あとはすっかり液体の酒に変わってしまいます。これも東アジアの酒の特徴の一つで、「並行複発酵」とよばれる醸造法です。

【出典】
  • 栗山一秀 「世界の酒―その種類と醸造法、歴史と本質と効用―」 『アルコールと栄養』 光生館 (1992年)
    ※本文は著者の了承を得て、敬体の文に変え掲載しています。
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