月桂冠トップ > 知る・学ぶ > 清酒を知る-酒造り > 酒をしぼってから(酒搾り、火入れ、貯蔵・熟成) 醸造と共に大事な後工程のさじ加減
貯蔵タンク

酒をしぼってから(酒搾り、火入れ、貯蔵・熟成)
醸造と共に大事な後工程のさじ加減

清酒を知る - 酒造り

このエントリーをはてなブックマークに追加

発酵が終了し熟成したモロミを圧搾して、酒(液体)と酒粕(固体)に分離します。 この酒しぼりの操作は上槽(じょうそう)と呼びます。 酒をしぼる伝統的な用具は、船の平底に似ているところから「槽」(ふね)と呼ばれることにちなみます。「槽」(ふね)からの連想で、かつては、この工程の担当者を「船頭(ふながしら)」と呼んでいました。

圧搾機出口

あらばしり

自重で自然にしぼられて出てくる最初の酒は「荒走」(あらばしり)と呼んでいます。新米(その年度に収穫されたお米)で醸造した酒を指して「新走」とも書かれます。 しぼったばかりの荒走の酒には、炭酸ガスが残っていることから、ほどよい酸味があって、新酒独特の新鮮な香りが漂っています。まだ、澱(おり、酒中のタンパク質の浮遊物)が残っており、少し濁りがあります。静置して沈澱させたり、ろ過機で濾して透明な酒にします。

伝統的な酒槽(さかふね)による酒しぼりの作業
荒走が酒槽から出はじめ、垂壷(たれつぼ)に貯められる▲伝統的な酒槽(さかふね)による酒しぼりの作業(上)。もろみは酒袋に詰め、槽(ふね)の中にいくつも並べて積み重ねる。荒走が酒槽から出はじめ、垂壷(たれつぼ)に貯められる(下)(月桂冠PR映画第一号『選ばれたもの』昭和6年=1931年制作より)

火入れ、パスツールに300年先駆ける加熱殺菌法

60度から65度ほどの比較的低温で酒を加熱する操作を「火入れ」といいます。加熱により微生物を殺菌すると共に、酒の香味を変質させる酵素の働きを止めて熟成度を調整し、保存性を高める効果があります。
酒を腐らせる乳酸菌は、アルコール分が十数パーセントも含まれた日本酒にも好んで繁殖します。火落菌(ひおちきん)と呼ぶこの菌が増えると、酒は白濁し、酸味を伴う特異な臭いが発生します。 火入れは、酒を貯蔵する前と、容器詰の前に行います。酒のアルコール分の存在下で加熱することにより、約60度という比較的低温でも微生物への殺菌効果が生じます。「生酒」の場合は、この加熱殺菌を一切行いません。
火入れは、パスツールがワインの保存性を高めるために発見した低温殺菌法と同じ手法です。室町時代末期の『多聞院日記』(たもんいんにっき)には、「酒を煮させ樽に入れ了(おわ)る、初度なり」など、火入れを行った記録が残されています。日本ではパスツールが発見した約300年前に火入れの手法が発見され、酒造りの現場で実用されていたことになります。
明治末期までは鉄釜で酒を直接煮ていましたが、大正時代(1920年代)頃からは、熱湯を入れた桶の中で蛇管に酒を通しながら加熱する方法が用いられるようになりました。現在では、この蛇管式のものやプレート式熱交換器などが用いられています。

【参考・引用文献】
  • 黒野勘六 『醸造学各論要義』 日本醸造協会 (1926年)

プレート式熱交換器による火入れ▲プレート式熱交換器による火入れ

貯蔵と熟成

しぼりたての新酒に火入れをした後、貯蔵タンクで6ヵ月から1年間ほど貯蔵します。しぼりたての新酒は、アルコールの分子がまだ馴染んでおらず、刺激的で荒々しい味わいや「麹ばな」(こうじばな)と呼ばれる新酒香を持っています。貯蔵中の熟成により、酒中の数百を越す微量成分が温度や酸素に影響されながら酸化・分解・縮合などの化学的反応や物理的反応を起こします。華やかな新酒の香味が消え、水の分子がアルコール分子を包んだ状態となり、まるみのある調和のとれた飲みごろの味わいになります。

貯蔵タンク▲貯蔵タンクの中で静かに熟成が進む。成分が複雑に絡み合い、まろやかな味わい、馥郁(ふくいく)とした香味の酒になる

熟成とは

「熟成」とは「適当な温度・条件の下で長時間放置して、ゆっくりと化学変化を行わせたり、調整したりして、味にうまみがでること」と定義されています。日本酒では半年から1年ほどの期間をかけて飲みごろの味わいに熟成させます。製品の出荷後、保管状態が悪いために起こる色や香りなどの変化は「劣化現象」で、品質向上を目的としている「熟成」にはあてはまりません。
さらに貯蔵・熟成を進めると、中国の紹興酒の香りにも例えられる「ひね香」を生じて重厚な味わいとなります。色調は山吹色に変わり、さらに熟成が進むにつれて濃くなっていきます。10年、15年と貯蔵させた長期熟成酒が商品化されており、熟成により生じる色や香味もひとつの個性として楽しまれています。

呑切り(のみきり)

貯蔵・熟成途上の酒の状態を確かめるために、タンクから酒を採取することを「呑切り」(のみきり)と呼びます。貯蔵中の酒を少量取り出し、香味の変化や熟成の程度、酒を腐らせる火落菌(ひおちきん、乳酸菌の一種)の有無などを調べ、健全に貯蔵されているかどうかを確認します。
貯蔵タンク下部の側面には、酒を取り出す穴が上下2個設けられています。これを「呑穴」(のみあな)といい、これを閉じる栓のことを「呑」(のみ)または「呑口」(のみくち)といいます。呑口の中にあるネジを、ハンドル付きの器具でゆるめて酒を採取します。

かつての樽詰風景(月桂冠PR映画第一号『選ばれたもの』昭和6年=1931年制作より)▲かつての樽詰風景(月桂冠PR映画第一号『選ばれたもの』昭和6年=1931年制作より)

冷やおろし(ひやおろし)

冬季に造られた酒は、火入れをした上で、春・夏を越して半年の間、貯蔵・熟成されます。そして秋風の吹く頃、外気温ほどに冷えた清酒は、樽などの容器に詰めて出荷されます。このことから「冷やおろし」と呼ばれるに至ったようです。 出荷時に火入れを行わず、そのまま樽などの容器に生詰めした酒を「冷やおろし」とする例もあります。
しぼりたての時には荒々しかった味わいが、秋口には丸みを帯びて調和し、飲み頃となります。秋までの間の熟成によって酒の味わいがよくなることを「秋上がり」と呼んでいます。
若山牧水は「白珠の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒は静かに 飲むべかりけり」と、秋の夜に飲む酒にちなむ歌を詠んでいます。年間を通じて酒が造られる現在でも、秋口にしみじみ飲む冷やおろしの旨さには格別のものがあります。

【参考・引用文献】
  • 佐藤信・監修 『食品の熟成』 光琳 (1984年)
このエントリーをはてなブックマークに追加