菖蒲酒(しょうぶさけ)
邪気を払い延命を記念する、端午の節句のしきたり
酒の文化を知る - 酒の歳時記
端午(たんご)の節句の風物詩「菖蒲酒」(しょうぶざけ)と「菖蒲湯」は、若葉の香りをはこぶ薫風(くんぷう)のようにさわやかな香りがただよう。菖蒲酒のような麗しい風習を、現在の生活の中にも取り入れていきたい。
著者:栗山一秀。1926年生まれ、月桂冠元副社長。
現代に受け継がれる「菖蒲酒」と「菖蒲湯」
菖蒲(しょうぶ)を徳利や銚子に入れて酒にひたす「菖蒲酒」、風呂に入れてわかす「菖蒲湯」は、まるで若葉の香りをはこぶ薫風(くんぷう、初夏の南風)のようにさわやかな香りがただよう。
「菖蒲の節句」とも言われる端午(たんご)の節句。古来、午月(うまづき)にあたる五月は凶の月とされ、忌みつつしむべきとされていた。月はじめの午の日である「端午」には、「菖蒲酒」を飲み、「菖蒲湯」につかり、粽(ちまき)を食べれば、邪気が払われ、疫病が除かれるといわれていた。また、菖蒲を屋根にかけ、蓬(よもぎ)でつくった人形(ひとがた)を門戸に飾るという中国伝来のしきたりも日本には古くから普及していた。
菖蒲と薬玉で邪気を払う、宮中におけるならわし
一方、貴族たちはこの日、内裏(だいり、天皇の住居としての御殿)に青々とした菖蒲を飾り立て、「菖蒲鬘(あやめのかつら)」を冠にかけた天皇と群臣が武徳殿(平安京大内裏の御殿のひとつで、騎射―うまゆみ、くらべ馬などを天覧する場所)に集った。菖蒲と蓬を盛った輿(こし)が献上され、菖蒲と薬玉(くすだま)が群臣へ与えられた。薬玉は、麝香(じゃこう)、丁子(ちょうじ)などの香料を薬として袋に入れ、菖蒲や蓬を結び付け、五色の糸を長く垂らした飾り玉で、邪気を払い、寿命を延ばす効果があるとされていた。ついで節会(せちえ)の宴や「騎射」の行事が催された。これは古代中国で「薬狩」(くすりがり)と称し、山野で薬草を採取したり、鳥獣を猟したりした慣わしに由来するもので、「騎射の節」ともいわれるようになった。宴の席では、菖蒲酒がふるまわれたことであろう。
「菖蒲」を「尚武」に、武家におけるならわし
鎌倉時代には「菖蒲」が「尚武」に通じるということから、武士の間でも、走る馬の上から鏑矢(かぶらや)で的を射る「流鏑馬(やぶさめ)」の競技が行われるようになった。菖蒲はその葉形が刀剣を想わせることから、妖魔を斬り払う力を持つとされ、後にはこれを「菖蒲刀」として子供たちが地面を打ち合う「菖蒲打」(しょうぶうち)を行なうようになっていった。
室町時代には「兜人形」(かぶとにんぎょう)がつくられ、江戸時代になると、立身出世のシンボルとして「滝登り」をする鯉を布でつくり、その「鯉のぼり」を庭に立て、子供の健康と出世を祈る祭りへと変身していった。 今は見かけることも少なくなってしまったが、五月晴れの青空に、悠然とはためく鯉のぼりを見ながら酌む「菖蒲酒」は、なかなかおつなものである。